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[月記]23年6月 航路

絵画の表現技法に、アクション・ペインティングという手法がある。筆を振ったりしながら絵具を紙に垂らしたり散らしたりして絵を描くやり方だ。成果物に重きを置くというよりも、絵を描くという行為に対してフォーカスした技法だと言える。それでは、文筆作業におけるアクション・ライティングはどのようなものだろう?

たとえば、生成する文字列に対して究極のランダム性を求めるならば、タイプライターを用意してその前に猿を配置しておけば良いだけのことだ。無限の猿定理は無限に長い時間が与えられた場合に『ハムレット』が生成されるという内容だが、現実には私たちに無限の時間は与えられていないため、出来上がる文章は確実にランダムな文字列になる。

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これをアクション・ライティングによる生成物とみなしても良い。だが、猿ではなく人間がこれをやっても全く面白くないという事実は捨て置けない。何故なのか。絵という芸術の自由度ならば生成物は抽象絵画として認められる一方で、作文という枠組みで同じことをやってしまうと生成物に価値が生まれないからだ。少なくとも常に、文章には「意味が通ること」が求められている。鑑賞できないものを作る作業に、人間は喜びを見出せない。

このことを踏まえると、アクション・ライティングとは作り手の意志を完全に排除しないまでも、ある程度不自由な状態へと追い込み、その上で辛うじて言葉として成立する文字列を出力させる機構だと言えるはずだ。そして具体的にそれが何かと問われれば、リポグラムや語呂合わせになるのではないかと私は考えている。

ここからは語呂合わせの話をする。リポグラムについては近日中に月記で改めて語ろうと思う。

会社の同僚に、名前が全て数字の語呂合わせに変換できる人がいる。たとえば、伊東富子を「1 10 10 3 5」と書けるというような。あるいは、佐々木春彦を「3 3 9 8 6 1 5」と書けるというような。その人の名前は実際には佐々木春彦ではないのだが、便宜上、佐々木春彦と呼ぶことにする。

ある時、佐々木の上司である男性が出生時育児休業を取得することになった。いわゆる育休だ。その男性はこう言った。
「産後パパ育休という制度があって、それを取得させてもらうことになったため、すみませんが来週から2週間ほど不在になります」
私は彼にこう言った。
「産後パパ育休って、佐々木春彦さんみたいですね。どっちも数字に変換できるので」
自由な発言が許される職場でつくづく良かったと思う。場所によっては「空気が著しく読めないため」という理由で懲戒解雇させられていてもおかしくはない。

その日以来、産後パパ育休という言葉が頭から離れなくなった。3 5 8 8 1 9.そういえば、小学生の時に国語の授業で『大造じいさんとガン』を読んで以来、私の頭には椋鳩十という言葉がしばしばちらつく。6 9 8 10 10. 語呂合わせはその印象が強烈だからこそ物事を憶える際に用いられるわけだが、憶える必要が無い言葉までずっと頭の片隅に残り続けるという弊害がある。

──もしかすると、発想が逆かもしれない。ある時、そう思った。言葉を記憶する補助として語呂合わせを用いるのではなく、語呂合わせを用いるという縛りの中で言葉を生成するのはどうだろう。語呂合わせが可能な言葉しか使うことができない作文。文脈ではなく不自由さによって次の言葉への航路が生まれる。これはなかなかに面白い執筆になるのではないかと思った。

そして私は、文意が通っていて語呂合わせもできる、次のような掌編を拵えた。

Workload were
── Workload were too busy for me two nights back.
これを訳して。はい、大崎さん
「一昨夜は色々な仕事に追われ、いっぱいいっぱいに」
良い訳よ。これはいける? はい、次は渋谷さん
── She call his Bro. TOMMY but he is JACK because she is crazy.
「おなごは兄さんをトミーと呼ぶけど、実際にはトミーじゃなくてジャックで、包むところ無しに言い分けると、おなごは狂っているよ」
驚くような意訳! 実に技術的で良いわ。はい、最後は佐々木さん
── Build fire by bellows.
「ふいご踏み、火起こししろ」
綺麗な訳、最高よ。では── That is all for today !!

成果物自体に深い意味は無いのだが、作る過程はとても楽しかった。これはアクション・ライティングの一種と呼んでも差し支えないだろう。私はそう思った。

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最後に、唐突な広告。
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