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水の記憶はぼくたちに何を伝えようとしているのか?

 去年の夏。中国四国地方は豪雨に見舞われた。やまは削れて地形が変わった。ぼくの住む因島では約3週間ほど水道から水がでなかった。幸い家には井戸水があったので、飲み水はいつもどうり井戸から手で汲んで飲んだ。食器を洗うときやシャワーは水道水を使っていた。これがいつも通りできないだけで随分とストレスになった。7月のじりじり照りつける太陽の下で、ぼくは心を被災させていた。神戸の震災のときは、兵庫県の尼崎に住んでいた。もう20年以上前だから曖昧な記憶だ。電気は1週間。一ヶ月くらいは給水車が持ってくる水に頼っていた。トイレには大量の水が必要になる。もう流すことは諦めるしかなかった。
 

 先週の台風でいまも千葉や被害の多い場所に住んでいる人たちは、大変な困難と立ち向かっているんだろうと思う。いまのぼくには無事を祈ることしかできない。
 
 去年の豪雨のとき。雨がごうごうと降って世界は水で溢れているのに、何故かぼくたちは水道から水がでないことに、精神と肉体を疲弊させていた。

『水の岬』がウェブマガジン・モンスターで連載していたのが2017年。その夏の関東は異常気象というか連日雨でひたひたになっていた。その雨つぶを感じた一人の人間からできた物語だ。そして、その漫画をリリースしようとしている、いま関東を豪雨が襲った。雨男、雨女って概念は日本人にとって普通だ。人間が動くことで雨が降るって感覚を、そのまま文字や言葉にすると合理化した意識を持ってしまった現代人には違和感もあるかもしれない。合理化されえないところに、芸術はあると強く感じている。だとすると、この漫画はエンターテイメントではなく芸術だ。芸術が社会化されるはずのない「水」を天から呼び寄せることもありうるだろう。

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 この本に収録されている『水の岬』『砂の番人』『スピカ』は3部作だ。この3つに通底する何かがある。とくに『水の岬』『砂の番人』は強く結びついている力を感じる。

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『水の岬』『砂の番人』は声や記憶をめぐる物語だと感じている。『砂の番人』で登場する、きりん星からきた番人は地球にある泉を発見する。泉とはどうやら人間に流れる涙のことのようだ。

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 ぼくたちの体は水でできている。血が流れている。感情が動くと涙が流れる。水は波動でゆれる。『水の岬』は原田さんの祖母や父や叔父から、聴き伝わったことを描いている。甲府での空襲体験を。戦争時代の記憶をただようシズと、現代を生きる主人公 篠崎はどこかで繋がっている。それは水に染み込んだ記憶だ。
 作家・原田淳子さんが掴んだ世界の感触が事実がどうかはわからない。ただ、「人の記憶が水のなかにある」という体感は途轍もなく面白い。ぼくが信じるのは、面白いか面白くないかだ。科学的にどうだとかいうことではない。面白さという感動は、人間の直観により強く真理のさきへ体感を連れていってくれる。『水の岬』と『砂の番人』は漫画ではなく、水からの記憶によって描かれたのかもしれない。

『水の岬』に収録されている漫画に共通するものが、もう一つある。それはこの世界や、宇宙は大きな流れによって動き変化ししつづけているって、いう感触だ。この漫画の世界におこる大きな運動に、一人の人間や国家ですらも争うことはできない。ではわれわれは、砂になっていく世界でどう生きたらよいのか? この漫画に「答え」はない。なぜなら答えは明日には消え去ってしまうからだ。もしかすると導きだせた瞬間に消滅しているかもしれない。『水の岬』の漫画としての強度は「問い」を発してつづけていることだ。問いは、答えより深度をもって人間をゆらす。そのゆれのなかには、真理が存在する。

 雨がごうごうと降って世界は水で溢れているのに、何故かぼくたちは水道から水がでないことに、精神と肉体を疲弊させている。この問いに対してぼくたちは、もっともっと精神をゆらさなければならない。

 戦火のなかで、人間は「生」を信じるしかない。『水の岬』の本のなかの人たちはどんな状況でも生きることを諦めない。時代に惑わされることもある。それでも、創造をカタチにすること、を人はやめない。それが変化しつづけるこの世界で「生」を感じる一つの運動だと思う。『水の岬』にはそんな力強さであふれている。

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 国家は税金を集めることに力を注ぎすぎて、使いかたを忘れてしまった。公共のための、教育のために、人が困ったときに支えるために国はあるのではないのか。とくに災害時の対応はうんざりだ。もう国と呼ぶのはやめた。ぼくたちが住む場所は税金だ。ここから、全力で抜けださなければならない。
 ぼくたちは水であることを思い返さなければいけない。潜ぐる。冷たい。温かい。水は。流れている。『水の岬』を読むと体にぶくぶくと生きる液体を感じる。

 水の記憶はぼくたちに何を伝えようとしているのか。この大きな問いに耳をすませている。

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17日までにご予約いただけると、特典3ページ漫画『その列車、水の岬 行き。』をPDFファイルで添付させていただきます。
 今後、この特典漫画はネットや書籍化して読むことはできません。
購入希望の方は、お早めにご予約をお願いします。
漫画『水の岬』ご予約の詳細はこちらです↓
https://note.mu/mizunomisaki/n/n9ad03f59cc8b

どうぞよろしくお願いします。

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