創作「はなしのはなし」 兼藤伊太郎

「話があるんだ」と、同僚が青い顔をしてやってきた。
猫の手も借りたいほど忙しい折である。とてもではないが手が離せない。私の態度にはそのいら立ちが露わになっていたことだろう。同僚からは煙草の臭いが漂ってくる。そもそも私はこの同僚が時折取る「煙草休憩」なるものをよく思っていなかったのだ。気の良い奴であり、職場を離れても友人でいられる人間ではあるが、そうしたあれやこれやが重なると自然と対応もつっけんどん

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現在、動いている感じ──『アフリカ』の旅

この1週間、続けてきた『アフリカ』最新号のスペシャル・ウィーク。とりあえず今日が最終回です。販売は、まだまだこれから、ですけれど。

雑誌というのは、その時、その時が出る。今回も、執筆者のひとりのことばを借りると、「現在、動いている感じ」が出ている。

しかも今回は、3.11の話が少しだけ出てきて(下窪俊哉「活字の断食」)、そこを起点にした自分たちの生活というか生き様というかの"眺め"が、見えてい

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ぼくらの罪と罰 兼藤伊太郎

2019年4月19日、池袋で高齢ドライバーの運転する自動車が暴走し、母子をひき殺した。ぼく自身、その亡くなった母親と娘と同じ年頃の妻と娘を持つ身だから、当然残されたご遺族の方々、特に夫であり父親である男性に感情移入しないわけにはいかない。ぼくがそうだけれど、日常は日常的に続いていくものと考えていたし、信じていたに違いない。誰だってそうだろう。そこに断絶がありうるなどということを疑いながら生きるのは

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"『アフリカ』に書く"ということの一例

先週は『アフリカ』最新号ができて、"売り出し中"になったので、毎日のように『アフリカ』のことを書いてきた。明日まで続けようかな。その後は、飛び飛びで書くと思います。

『アフリカ』に書くというのは、どういう感じなんだろう?

ぼくは企画して編集して(つまり原稿を集めて読んで、書き手といろんな話をして、コミュニケーションを繰り広げて)デザインまでしているから、単に「『アフリカ』に書いている人」とは言

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次号予告「MD vol.2」我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか―セルフポートレーツ号―

vol.1を出したばかりですが、vol.2の話。noteでも自己紹介をしていきますが、フリーペーパー「MD」でもそれを。「MD」ではインタビュー記事が載せられればと考えています。たぶん出るのは9月頃。写真は兼藤伊太郎のセルフポートレート。

汚え顔だな。
よろしくお願いします。

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"個人的な"のひろがりについて

『アフリカ』の話を、あと少し続けようと思うけれど、今日は『ビッグ・イシュー』最新号(No.362)に載っている記事の話から。

参議院選が近づいてる。それに限らず最近は、政治の話をすることが増えたような気がする。

『ビッグ・イシュー』最新号の特集は、「民主主義を見捨てない」だ。宇野重規さんによる、三つのインタビューからなる。

「政治の議論ではみんなが違うことを言って当たり前、違う考えを持ってい

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「無駄」ができるまでの無駄話 種田元晴編

ぼく、兼藤は、「無駄」主要メンバーである種田元晴さんのことを種田先生と呼びます。これは、ぼくらの出会った個別指導塾の風習というか、アルバイトの講師、それがたとえ大学生同士であっても、互いのことを「先生」と呼んでいたのです。おそらく、通ってくる子どもたちにとっては雇用形態や年齢がどうであれみんな先生なんだ、ということなのでしょう。そのころのクセが抜けずに、いまにいたっています。それに、そもそも種田先

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10年前に気づいた『アフリカ』の不思議な力の話

『アフリカ』最新号(vol.29/2019年7月号)、いつも直接、買っていただいている方々、「読みたい」と(今日までに)ご連絡いただいた方々へは全て発送をすませたところです。数日たっても届かないということは何かのトラブルですから、お手数ですがご連絡を。──なんてことは、ここで言っても仕方ないか?

発送をすませた足で、また障害のある人を"支援"する仕事に出て(自分が一方的に支えているというふうには

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キャベツを売るように〜珈琲焙煎舎と『アフリカ』vol.29

『アフリカ』最新号(vol.29/2019年7月号)、じわじわと発送中。「いつもの」方々とメールでご連絡いただいている方々へは明日までに全て発送できる見込みです。どうぞおたのしみに。

さて、今日は『アフリカ』ファンにはお馴染みの珈琲焙煎舎(府中市)に、その『アフリカ』最新号を納品してきた。郵送で届けることも多いのだけれど、今回は思うところあって、直接持って行くことにした。

府中市の美好町と

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