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ねえちゃん

「ねえちゃんのバカ」
「なにいってるの。マミがいけないんでしょ」

ナナが大切にしていたリカちゃん人形を、妹のマミがかってに出して遊んでいたので、ひったくってとった。マミがお人形に無理に着せかえたので、お気に入りのピンクの洋服が、ほころび始めている。

「どうするの、べんしょうしてよ」
 思わずどなりつけた。

「ワーン、ワーン」
マミはありったけの声で泣き出した。

「またけんかしてるのかい。どうしたんだい」
おばあちゃんが、子供部屋に入ってきた。
お母さんは仕事に出かけているので、学校から帰ったあとは、ふだんはおばあちゃんがいてくれる。

「だって、マミがいけないんだもん。この服見て」
ナナはカッカとおこっていた。
「どれどれ、このくらいなら、すぐ直してあげるよ」 
おばあちゃんのことばにホッとした。それでも妹のマミを見るとムカッとする。顔になみだのあとはあるが、もう、ケロッとして、ブロックで遊んでいるのだ。

私は、ナナ

3年生のナナは、仲良しのユキちゃんみたいに、一人っ子だったらいいのに、といつも思っていた。じゃまされないで遊べるし、ケーキやアイスクリームだって一人占めできる。1年生のマミは、ユキちゃんちに遊びに行くときも、毎回ついて行きたがる。
ほんとにじゃまなんだから。
その日の夕飯のあと、おばあちゃんが、お茶を飲みながらお父さんたちに話しかけた。
「北山町のみつえねえちゃんから電話があったから、行ってこようと思うけど、乗せていってくれないかね」
「ええと、この次の土、日は、仕事なんですよ」
お母さんは残念そうに言った。
病院の看護師なので、カレンダーが休みの日でも仕事なのだ。

「あ、おれ大丈夫だよ。でもよらなくていいよな。みつえおばちゃんに、和ちゃん元気?野菜食べなきゃだめなんていわれちゃうからさ」
お父さんは和彦という名前なのだ。
小さい頃から、おばあちゃんの姉のみつえおばあちゃんにかわいがってもらったので、まだ子供のように色々いわれるのが、苦手らしい。

土曜日の午後

お父さんの車で、みつえおばあちゃんの家に着いた。
「こんにちはー」
「あー、よくきたね。ナナちゃん、マミちゃんも来たんだね。おばあちゃん、おばあちゃん」
おばさんが声をかけると、奥の部屋から、背中が丸まったみつえおばあちゃんが、にこにこしながら出てきた。
「よくきた、よくきた」
ナナやマミの手をとってよろこんだ。
おばさんは、コタツの上にお茶の用意をして、ケーキやおまんじゅうなどのお菓子やりんごやつけものを出してくれた。

お父さんはまた迎えに来るといって、すぐ帰った。
おばさんも用があるのでちょっと行ってくると出かけた。
「ねえちゃん、元気だったかい」
「よかった。おまえも、元気そうだね」
ふたりのおばあちゃんは、うれしそうに話し始めた。

ナナと一緒に住んでいるおばあちゃんは、八十歳になる。
腰は少し曲がったが、まだ元気でゲートボールにも行っている。
みつえおばあちゃんは、八十六歳、顔もしわがよっているが、真っ白な頭にフワッとかかったパーマがきれいに見える。
「ナナちゃん、マミちゃん、これもおあがり。来ると思って用意しといたよ」
みつえおばあちゃんが、すすめてくれた、栗やいちごののったおいしそうなケーキ。ナナもマミも、喜んで食べた。
お客さんに来ると、お母さんに虫歯になるとかいわれないので、甘い物ばかりたくさん食べられてうれしい。おなかがいっぱいになった。

ナナたちは、持ってきたマンガの本を読み始めた

「ねえちゃん、この間ねえ・・・・・」
マンガに夢中になっていて、よく聞きとれなかったが、家ではいつもしっかりしているおばあちゃんなのに、まるで子供のように、みつえおばあちゃんに話をしている。
「うん、そうか、そうか」
「ねえちゃん、どうしたらいいかな」
「おまえなあ、それだけはやめとけ」
みつえおばあちゃんは、まるでお母さんがいい聞かすようにやさしくいった。
「やっぱり、そうだなあ。おれもそう思ってたわ」
 おばあちゃんは、まんぞくそうな顔になった。
 
 それを見たナナは、思わず声を出していた。
「いいなあ、おばあちゃんたち仲良くて」
ナナがうらやましそうにいうと、みつえおばあちゃんは大声でわらった。
「なになに、おれたちだって、若い頃はケンカばかりしたもんだよ。年とって、こんなふうになったんだよ」

「ほんとなの?」
マミがうたがいの目でおばあちゃんたちを見た。
耳が少しとおくなったせいか、二人は大きな声で話すので、よく聞こえる。みつえおばあちゃんは、
「いいなあ、おまえは若くて」
と、おばあちゃんを見ていった。

ナナは思わず、笑い出しそうになった。
こんなに年よりのうちのおばあちゃんに向かって、「若い」だなんて信じられない。マミを見ると話がわかるらしく、下を向いてわらっている。
「ねえちゃんだってまだまだきれいだよ。まだまだずっと元気でいてもらわなくちゃ。ねえちゃんのいない生活なんて、考えられないよ」
おばあちゃんはしんけんな顔だった。
「そうだな。研三やさと子のように、亡くなっちゃえば、つまらないもんだよなあ」
みつえおばあちゃんが、しみじみといった。

研三とさと子

研三とさと子というのは、おばあちゃんたちの弟と妹で、去年がんであいついで亡くなってしまったのだ。
「六人いた兄弟が、とうとうねえちゃんと二人きりになっちゃったなあ」
おばあちゃんが、茶を一口飲んで話を続けた。
「一郎兄さんは、子供のころから優秀で、銀行に勤めていたのに、結核になって若くて亡くなった。残念だったなあ。かあさんも泣いていたっけ」
ナナとマミはだまって聞いていた。

みつえおばあちゃんが、昔を思い出すように、遠くをみる目になっていた。そして話し出した。
「浩二郎は、自まんの弟だったなあ。ハンサムで、頭がよくて、学校の先生になったばかりだった。いい先生で子供たちがいつも集まってきていた。いっしょに歩くと、いい顔しているから、道行く人がふりかえったっけ」

「ほんとだよなあ。ねえちゃんににていい顔立ちで、もてたから、女の人から手紙をもらって、こまっていたこともあったなあ」
二人は顔をみあわせて、ちょっとわらった。

「でも、考えてみると、一番かわいそうだったのは、浩二郎だったなあ。戦争に行って、ロシアのほりょになり、凍り付く大地の中で、ざんごう掘って、食べるものもなく死んでいったんだものなあ」

みつえおばあちゃんはそういったとたん、タオルのハンカチで、目をおさえて、しばらくハンカチから顔をあげなかった。
おばあちゃんは、今度は自分が年上のように、みつえおばあちゃんの肩をなでた。
「ほんとになあ。考えるとかわいそうでなあ。でもねえちゃん、しょうがないよ。いくらせつながったって、帰ってくるわけじゃない・・・・」
そして、おばあちゃんも手提げから、タオルを出して、なみだをふいた。

「赤紙が来たとき、受け取った浩二郎の手が、ブルブルふるえたのが、忘れられないよ」
みつえおばあちゃんは、しぼり出すような声だった。

「あんなにいい弟を戦争に連れて行って、毎日毎日かあさんもみんなで待っていたのに、帰ってきたのは、骨箱の中の爪だけだった」
二人のおばあちゃんは、またタオルでなみだをふいている。 ナナは、どうしていいかわからず、だまって話を聞いていた。いくつになっても、何年たっても、兄弟のことは忘れられないんだと思った。
マミはまんがを読みながらも、チラチラ顔を上げて、話をきいているようだ。

ナナはふと思い出して、ざしきに飾ってある、浩二郎さんだと教えられた写真を見たくなった。
「ちょっとおざしきに行ってくる」
「はいよ、二人だけでしゃべってて、ごめんね」
みつえおばあちゃんがあやまった。 
「ねえちゃん、どこに行くの」
マミもついてきた。
一人でいるのが、つまらなくなったらしい。
ざしきの天井に近いところに、額に入った写真は、学生帽をかぶってきりっとした顔立ちの、でもやさしげなおじさんがうつっていた。
ナナは、そうだ、今話していたのはこの人のことだと思った。
きっとずうっと昔なのに、忘れることはないんだと写真を見つめていた。

「ねえちゃん、庭に行ってみよう」

マミが手をひっぱった。ナナもつられて歩き出した。
みつえおばあちゃんの家は大きくて、広い庭と池もあって、コイが何匹も泳いでいる。赤や黄色のこいが、日にあたりながら、バシャバシャと水を散らしている。
マミは池のふちにしゃがんで、コイに水をかけて、声を上げて遊び始めた。
ナナはそれを見ながら、年とってもおばあちゃんたちは「ねえちゃん」「おまえ」って呼んでいて、なんて仲がいいんだろう。
マミは、勝手に人のものを使うし、いたずらはするし、じゃまだと思っていたのに、年とるとあんなふうになかよくなれるのかなあと、ボンヤリと考えていた。
しばらくすると、おばさんが帰ってきて、リンゴをたくさん出してきてくれたので、袋につめるのを手伝った。

お父さんが迎えに来て、みつえおばあちゃんも、残ったお菓子をみんな、ナナたちにくれた。
「ああ、お世話さま。もう、ねえちゃんだけが、ふるさとだよ」
おばあちゃんは、みつえおばあちゃんの手をにぎって、別れをおしんだ。みつえおばあちゃんも「よしよし」というようにうなづいていた。
「おまえも体に気をつけてな」
ナナもマミもお礼をいって、みつえおばあちゃんたちと別れた。

一週間ほど過ぎた日のことだった

学校の昼休み、仲のいいユキちゃんやともみちゃんとおしゃべりしているときだった。
「マミちゃんのおねえちゃん、たいへん、たいへん」
マミのなかよしのリナちゃんが、息せき切って走りこんできた。
「マミちゃんがたいへんなの」
ナナはあわてて立ち上がり、リナちゃんと走り出した。
ユキちゃんやともみちゃんもいっしょに来てくれた。

走りながら話を聞くと、ようすがわかった。
前の晩ナナは、絵の宿題で、自分の顔を描いたついでに、マミの顔をかいてやった。あまりにていないと思ったのに、マミは目をかがやかせて大喜びだった。それを学校に持って行って、友だちや先生に見せびらかしたようだった。それで、先生がよくかけているとほめてくれたらしい。

ところが、いたづらっ子たちが、ぜんぜんにてないのにほめられるなんておかしい、こんなのすてちゃえととりあげてしまったので、マミは、一人で取り返そうとおいかけて、中庭に行ったということだった。
中庭についたときだった。
マミが真っ赤な顔をして、男の子三人とにらみ合っていた。
ナナはどう声をかけたらいいのか、いっしゅん足をとめた。
マミの声が聞こえる。
「返して、返して」
「こんなの、ぜんぜんにてないぜ」
「おかしな顔してるよ」
「こんなもん、いらねだろ」
よくみると、一人の男の子の手に、マミの顔を描いた絵があった。

「返して、返して。わたしの絵」
マミはなみだ声でさけんだ。ナナは思わず呼んでいた。

「マミ!」
「あ、ねえちゃんだ」
なきながら、ナナにだきついてきた。
そのとき、手をつないで別れをおしんだ、
おばあちゃんたちが頭にうかんで、大声でどなっていた。

「あなたたち、返しなさいよ」
ナナが男の子に向かって、にらみつけた。

「そうよ、何やってるのよ」
ユキちゃんとともみちゃんも声をそろえた。

とつぜん、三年生が三人あらわれたので、びっくりした男の子たちは、絵を放り投げてにげて行った。

「マミ、あんな絵なんか、とられたっていいのに」

ナナがまだ、だきついているマミのせなかをなでながらいうと、
「やだ!だって、ねえちゃんに描いてもらった絵だもん」
なみだを手でふきながら答えた。
ちょうどそのときチャイムがなった。お昼休みが終わったのだ。
「さあ、教室にもどりなさい」
ナナにせなかをおされて、リナちゃんと歩き出した。
「こんどあんなことしたら、許さないっていっときなさいね」
ユキちゃんたちが声をかけてくれた。
後ろをふりむいて、コクンとおじぎをしたマミは、なんともいえずかわいかった。
ナナは、マミの後ろ姿を見送りながら、心がフワッとあたたかくなった。

「ねえちゃん、あのね」
と、マミが年とってから、電話してきてもいいかなと思い始めていた。


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