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【短編小説】僕は

僕は、この世界が好きだ。
キミが存在していた世界だから。

僕は、平穏な日々が好きだ。
争いを好まなかったキミが、いつも笑って過ごしていたから。

僕は、楽しそうにしている人が好きだ。
笑顔でいれば本当に楽しい気持ちになるって、キミがそう言っていたから。

でも。

キミはある日突然この世界から消えた。
陰で何をされていたか、僕に一言だって相談すらしてくれずに。
自身を鼓舞させる、鎧みたいな笑顔を貼りつけて。

僕の目の前で、あの子は永遠に目覚めない程の深い眠りに就いた。


僕は、この世界が嫌いだ。
キミを追いつめた奴らが何食わぬ顔して生きているから。

僕は、この繰り返される日々が嫌いだ。
キミがいなくなっても当然のように平穏の仮面を着けた日常に腹が立つ。

僕は、笑顔でいる人が嫌いだ。
辛いなら辛いって言えと、自分を偽ってまで生きてて何が楽しいんだと、目の前で喚き散らしてやりたい。


本当は気付いていたんだ。
キミが何かに困っていたこと、キミが裏アカウントで現実逃避していたこと、キミがいないと僕は僕を保てなくなること。

だって、僕は…。


『解離性同一性障害…いわゆる多重人格です。診療させていただいて、あなたのお子さんはその疾患を抱えている可能性が非常に高いという結論に至りました』

扉越しに聞こえるあの子のお母さんと知らない男の声、それと様々な薬品が放つ独特の臭いで、僕は目を覚ました。
いつの間に眠っていたのだろう。

『それで、…はい。閉鎖病棟への入院の手続きですが…
…そうです。…では、その期間様子を…』

そうか。ここはあの子が住んでいた県の境にある病院の待合室だ。
というか、僕は何故ここにいるんだ?

まあ…もう全部どうでもいいや。あの子がいない世界で僕が出来ることなんて、精々酸素を無駄にすることと辛うじて人間的な生活を送るくらいだ。
あの子の体が動いても、そこにあの子がいなければ何の意味もない。あの子の体を動かすことが出来ても、僕があの子に出来ることなんて何もない。

そんなことを考えていたら、また眠気が襲ってきた。今更後悔しようと何かを思考しようと、それも無意味なんだ。だったら僕は、ひたすら眠り続けよう。あの子がそうしたように。

あの子を捨てた世界なんて要らない。今度は僕が捨ててやる。

拒絶してやる。
否定してやる。
見限ってやる。

目を閉じて、視界に入るものが何もなくなって、僕はそのまま睡魔に身を委ねた。

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