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外は白い雪の昼



正午の鐘が今にも行き倒れそうな貧弱な音を震わせると、
私は常時通りロッカーから出した
電子マネーカードと
私用タブレット端末だけを
透明のビニール製トートバッグへ放り込み、
昇降機へ音もなく小走りする群れに加わった。

かどサン! 
上着持ったほうが良いっすよ。
それ、下、暖シャツじゃないっしょ? 
外、雪っすよ」

一回り下の室長が高い声で私を呼び止めた。
絨毯じゅうたんを踏み直して振り返ると、
私の椅子いすに掛けてきた上着を掲げて、
彼が駆け寄らんとしている。

「要ら……ありがとう」

長い脚で三歩四歩、
上着は二の句を継ぐ前に私の肩に羽織られた。

「どういたしまして。
アンタに寝込まれると
ウチは回んなくなっちゃうんすから、
御身おんみ大事にしてくださいよ」

「ははっ、誰一人欠けても困るよな」

「まぁ、そっすけどね、へへっ」

二人して善人振っている訳ではなく、
実際我々のチームは
適材適所少数精鋭を体現していた。
入力業務以外は完璧に。

「入力負担を負ってくれる
派遣さんが来てくれたら、
鬼に金棒なんすけどねい」

「あー、憧れるね、
たかたかたかかかって打鍵音。
我々ときたら全員酔いどれのマーチみたいだものね。
アレが飛ばせれば劇団にもっと貢献できるよなあ……
もしくは、音声入力、かな。
外部のは使えないから……
縞君の処の田野君、
ソフトできないかな?」

「音声入力ねぇ……
まぁた変な噂流れそうっすよ。
今度はぼそぼそぼそぼそ、
念仏ねんぶつとなえてるに違いないってね」

「ああ、あったねえ、そういえば。
神隠し部の汚名がウチには。
結局何だったんだろうね、
鬼畜な量の処理済みの書類が積み上げられた机。
誰かがそこに居たかのような」

「ウチみたいな密な付き合いの部署で、
人一人消えたら分からない訳が無いんすけどね」

靴裏の感触が左右で変わった時、
突風に顔面を打たれた。

「うへぇ! 何じゃこりゃあ!」

「げふっ、吹雪、だねえ。
これは大変だ。
皆正面の近場に飛び込んでるだろうから、
裏の肉屋へ行かないか?」

「賛成っす! 
しっかしまあ、吹雪なんてぇ、
こっち来て二十年ちょいで初めてっすよ」

少年時代を過ごしたのは豪雪地帯だったと
何時か話してくれた男が
ネックウォーマーをマスクの上に引き上げた。
社屋の壁に沿って背を丸めて二人で小走りする。
我々が肉屋と呼ぶ
ミートコートという風変わりな名前の飯屋まで
あと数十メートルという処で、
不意に宙を走る鮮やかな色彩が視界をかすめた。

「んあ?」

「わ! 花が……!」

通り沿いに販促目的で出されていたとおぼしき花々が、
竜巻に吸い上げられたかのごとく
空中を回転しながら登ってゆく。
中心に人一人入れそうな渦が、
弱っていた花弁を散らす程に乱暴な癖に、
ゆっくりと螺旋らせんを描いて
花桶から盗んだままの姿で
茎葉を保って舞い上げている。
ふと、竜巻の下、
花桶に置き去りにされている花の存在に気付いた。
白い花は騒動の主の好みではないのか。

「何とまぁ不自然・・・な」

「だ・よ・なー。
くっそ、はしゃぎ過ぎだばか。
一旦撤収すんぞ」

ぼそりと零れた私の独り言を引き受けたのは、
聞き覚えのない声だった。
声の主に振り返るも既に姿は無く、
再び前へ振り向くも竜巻など無かったがごとく、
しかし、何事かの名残りが、
無造作に散らばり落ちた花々だけが、
雪化粧した地面に残っていた。
暴風も止んで粛々と降りしきる粉雪の中、
我々は花屋のエプロンをした人物を手伝って
花を拾い上げては、
彼に指示を仰いで種別に花桶へした。

「ありがとうございました! 助かりましたー!」

「どういたしまして。
あんましいたんでないみたいで良かったな」

「本当だ! わぁ、奇跡的だ……助かったあ!」

歓声を背に、
我々は橙色の灯りが漏れる肉屋の硝子がらす扉へ飛び込んだ。

「うぇーさびーさびーさびー……
おし、ホットワイン赤! と、
煮込みハンバーグ定食肉ダブル! で
お願いしやーす」

「あー、ホットワイン良いねえ。
私は……うん、白のホットワイン! と、
クリームシチュー定食チーズ増し! で
お願いします」

注文用紙に書き込みながら
順にカウンターの中へ向かって叫ぶ。
席を立ち、
注文用紙をカウンターの特殊なテープに貼り付けると、
壁沿いに並んだテーブルから
スープと番茶と温野菜と白飯を各々食器へ装って、
ホットワインを受け取ると席へ戻った。
我々はホットグラスを軽く掲げて目を合わせて
乾杯の代わりとして、
同じ仕草で各々立ち昇る湯気を吹き払い、
今正に揮発しようとしている葡萄ぶどう酒精を嗅ぎ取ると、
呑兵衛のんべえの本性もあらわに
慌て気味に吸い込んだ。
数度吹いた後に、
湯気が切れるのを待ち切れずグラスを傾けて啜る。
どうせ口に入る時にはノンアルコールなのだから、
最初に番茶やオニオンスープで
温まっても良さそうなものだが、
これが呑兵衛の呑兵衛足る所以ゆえんなのだろう。
最初の一口に酒もしくは準ずるものがあれば、
乾杯しないと落ち着ないのである。

「いやあ、吉田きったさん、上着ありがとうな。
此奴こいつが無かったら
一日一善チャンスをのがしてたよ」

「まっさかー、
かどサンが看過かんかするわけないじゃないすか」

「いやいやいや、
私だって命はしいからね。
あの格好で出てたら
寒くて立ち止まれなかったよ」

「あー、それはあるかもしれないすね。
しっかしまぁ、アレ、
色付きの花ばっか舞い上がってましたけど、
白いのって重いんすかね?」

「ははぁ、なるほど、そうだったのかもしれないか」

「いやいやいや、知らんけど。
でなきゃ説明がつかないじゃないすか」

「確かにそうだね。
……ところで君はあの時、
いさめるような言葉を聞かなかったかい?」

「へ? 誰が誰を?」

「誰かが、花をぶちまけた誰かを」

「いいや、聞いてないすね。
具体的には何ンて?」

「『はしゃぎ過ぎだばか。一旦いったん撤収てっしゅうすんぞ』と」

一瞬で消えたか、
最初から姿を現していなかったかの、
くだんの声を真似て再現して、
俳優仲間でもある吉田に聞かせる。
吉田は全てが小ぶりな
人の良さそうな顔をぱあっと輝かせた。

「へぇえ、良い声だったみたいすね」

「ああ、尾てい骨にピリッときたよ」

「うわ、欲しいすね、ナレーターに」

「そうだね、お客さんが増えそうだ」

なりは見えなかったんすか?」

「ああ、残念ながらね」

「へぇ。でも面白いな……
雪女と相方あいかた、すかね」

「良いねぇ、それ。
見慣れない彩りにはしゃぐ雪女、
可愛いじゃない」

「自分のせいで常に暴風雪な訳なんすけどね。
現代はちょっと地元を出れば
花屋には花が有る、と。
花屋大好き雪女」

「そんな雪女の相方は……物流関係かな」

「ああ、良いすね、それ。俺が運んでやるっ……」

「ハイ、お待たせさん。
また面白そうな話作ってるね。
雪男ならウチのオーナーが出会でくわしたって今朝騒いでたよ。
呼ぶ?」

「ああ!」

「是非是非」

しょっちゅうこんなり取りを
声もひそめずにしては、
取材にも貪欲という、
我々の性分を良く覚えていたシェフは、
料理を机に並べると、
シャシャッとシェフズパンツの衣擦きぬずれの音を残して
階段の奥へ消えた。

「「雪男!」」

我々の声がそろった。

「イエティかビッグフットかヒバゴンか、
何ンにしてもこのコンクリートジャングルに
何しに来たかっすね」

「ああ、カドキチコンビか。
いらっしゃい。
雪男の話を聴いてくれるなんて、
まぁ、あんたしかいないよな」

巨体のオーナーがホットグラスを三つ持って
我々のもとへやって来た。
遅くまで飯屋として営業しているこの店は、
終電を逃した残業帰りにも重宝するので、
我々は何時いつしかシェフともオーナーとも
親しくなっていたのだ。

「ヘヘッ、そう言いなさんなよ。
で、容姿は?」

「真っ白だよ。
大型犬のサモエドって居んだろ、
あれの顔がニンゲンで、
二足歩行してんだよ」

「ほほう、顔はどんな?」

「それが憎たらしい事にイケメンでな。
鼻筋がピッと通っちゃって黒目がデカくてな。
ちょっとデカすぎなくらいか……
違うか、
睫毛まつげが濃かったからはっきりしてるように見えたのか?」

「へぇえ、眉毛や髪は何色だったんすか?」

「銀? つやッとした濃い灰色? かね。
全身は白なんだよ」

「ほほぅ、背丈は?」

「俺よかデカいんだから185くれえか」

「デカいですね」

「毛皮着てたんじゃなく?」

「大の大人がモッサリ犬耳のフードかぶってか? ねぇだろ」

「へぇえ、犬耳生えてたんすか!」

「だからだよ! 
俺だってあの耳さえ無かったら、
今時珍しい毛皮野郎かって思って終わりさ」

「雪男ってか狼男?」

「いや、それが雪の竜巻の真ん中に居たんだよ。
ニヤニヤ余裕かまして片耳をピピッと振ってな」

「! 花は?」

「花? いいや、雪だけだ。
何ンだ、あんた等はそんな風流なのに会ったのか?」

「いんや、真ん中の未確認動物UMAは抜き。
此処に来る途中で
色のある花ばっかりが竜巻に巻き込まれてたんすよ」

「はー、そりゃ見物だったろうな」

「で、其奴そいつはどうしたんです?」

「さぁな? 
道を譲って後姿を目で追おうとしたんだが、
バッと吹雪いたから咄嗟とっさに目をつぶったら、
次の瞬間にゃ竜巻ごと消えちまってたよ」

「尻尾は有りました?」

「それな、俺も見たかったんだが見えなかったよ」

「残念」

「ところで次は何をるんだ? 
みんな楽しみにしてンだぜ」

「有りがたいすね。
吸血鬼の話やるんすよ。
圭サンが主役で」

「良いねぇ、カミさんが喜ぶよ。
何時いつ頃?」

「あと半年は掛かるかなあ……
今朝台本が届いたばかりで、
未だ決まってない配役もあるんですよ。
またチケット刷る段階になったら
宣伝させていただきます」

「極秘情報じゃねえか!」

「いやいやいや、これくらい御贔屓様ごひいきさまには!」

「うひー! くっくっくっ。
気合入れて推すから早くみんなのグッズ作りなよ。
在庫を抱えなくて良いシステムがあるらしいじゃねえか。
あと、会員制有料ブログとかやれば良いんだよ」

「ははぁ、なるほど! 参考にさせてもらいます」

これが人間だった私の最後の昼。
この夜、
待ち切れず残業帰りの深夜の河原で、
台本を音読したのが運の尽き。
始祖に同族の縄張荒らしと勘違いされて吸血された。
否、運は尽きていなかった。
人としての生は尽きたけれど。
不幸中の幸い、
佳き出会いに恵まれた。
私が倒れた翌日の劇団には、
始祖が緊急手配した優秀な人材が派遣されて、
大きな損害には至らなかったそうだ。
始祖が本物の悪党だったら、
私は突如何もかもを放り出して失踪したという
扱いになったのだろうから。
緊張するな、
来週から俳優業復帰と倉庫業務開始だ。
劇団の吉田きったとの企画業務は、
事故・・により不自由がある為、
新設した倉庫業務に異動という事になっていた。
怪異対抗組織とかみな組合の干渉のお蔭らしい。
勿論不満が無い訳では無いが、
精々第二の人生を謳歌しようと思う。

(了)










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