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大規模怪異消滅

同性愛が苦手な方はご遠慮ください。
#R15  くらいでしょうか?

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話中の万禮一家は、 メンバーシップ「夢了の皿」会員の万禮様のオリジナル・キャラクターで 設定その他は会員様御本人と話し合っております。 711号室出演者≒メンバーシップ会員様は常時募集中です♡
万禮様の偶さか日記も併せてお読みいただくと解像度とエモさが跳満です。

登場人物


万禮ばんらい久幸ひさゆき、ヒー、始祖:かど凌司りゅうしのバンパイアにおける直系始祖。殻持からもたぬ青海せいがいの星在住。
かど凌司りゅうし、りゅーし:万禮ばんらい久幸ひさゆきのバンパイアにおける直系係累。殻持たぬ青海の星在住。
土果とか久幸ひさゆき凌司りゅうし二人の伴侶犬。を持つ土塊つちくれの星出身。
恵玄よしはる:凌司の後天性加護精霊。トゥから贈られたカーボナードの精霊。環を持つ土塊の星出身。
(上段左から)ラン:久幸ひさゆきの友人。凌司りゅうしの恩人。
トゥ、師匠:久幸ひさゆきの友人。凌司りゅうしの魔術の師。
泰市たいち:ランとトゥの伴侶猫。
(下段左から)サンタ:ねこのぬいぐるみだがトゥの魔法で限定的に猫になる。
スュクセ、すゅー:トゥの特別な遣い魔。個性と向学心がある。
全員環を持つ土塊の星在住。
久幸の実兄の伴侶と子孫達。殻持たぬ青海の星在住。
大空ひろたか千夜ゆきやす久実ひさのり
凌司の元妻絵理香えりかと愛息朗正あきまさと愛娘華代かよ。殻持たぬ青海の星在住。
バンパイア関係者。殻持たぬ青海の星在住。
(上段左から)真祖ルスヴェン、アスカ、タケシ、マナブ、ミカ、
(下段左から)久幸の始祖ヘレナ、香坂こうさか、担当医レネ、協会担当者深山みやま、協会担当者ミヤタ。
ランとトゥの友人達。環を持つ土塊の星在住。
ナセリアナとキャレンタ、ギレルミナとリエーブレ、マルコスとフェリシダーデとラリーサ。
C'mon諭カモンサトのメンバー。様々な星と時空に拠点を持つ。
枯仇こきゅう、ナリス、チカッツ、笑生えみ
十輝とき京斉ちかなり店長、瞭尾あきお
壱学園の教師達。殻持たぬ青海の星在住。
トツカ、マツイ、ウガジン、ハナダ、
ヨシムラ、にのまえ学園長、シノダ。
久幸の友人達。殻持たぬ青海の星在住。
紀藤きとう、ナカモト、シオダ。
界狭間構築の功労者達。環を持つ土塊の星在住。
フレデリック、ハイド、シャウ。

本編暗夜迷宮ゲーム内スクショ版

エピローグ公開を待たず投稿してしまいました。
スクショ版にはゲーム内の
日記の作成&プレビュー画面を
活用させていただきました。
感謝申し上げます。


本編テキスト版


始祖「異界消滅確認!」

私「長かった……! お疲れ様でした」

仲間と言祝ことほぎ合い、
ねぎらい合い、
別れの挨拶を済ませると、
始祖と共に闇を伝って邸に帰った。
やっと先日体得できたバンパイア式ワープだ。

始祖「お疲れさん。カヨちゃんはどうだ?」

スマートフォンのメッセンジャーアプリを立ち上げると、
以前通りにお気に入りリストに
愛娘華代のアカウントが表示された。
友達リストに螺笑門らしょうもん同僚の
匠さんのアカウントも表示されていた。

私「戻ってる! ありがとう! 同僚も戻ってるよ」

始祖「良かったな。メッセしとけよ。記憶はどうだ?」

始祖に物理的にもそっと背を押され、
私は先月会った愛息朗正に送る時のような気軽さで
「元気ですか? 困ってませんか?」と
十何年も会っていない愛娘華代へ送信した。
同僚は、良いだろう。
そうだ、先程まで食事の支度をして
見守って支えてくださっていた
もう客間で寝ている筈の
ランさんと師匠に報告しよう。
「作戦終了しました。
二人共無事です」と送信する。
その間にも
何処かで押し留められていた記憶が
鉄砲水のように脳裏に押し寄せていた。

私「ん……修復されてるようだ。
そうか、タケシさんの御伴侶に
記憶を繋ぎ止めていただいたのか。 
御礼したいな」

始祖「後でな」

私「うむ。ウワ……やらかしたんだな」

餓鬼か邪鬼のような
仲間が傷つく事も厭わぬ
非道い戦闘指揮の記憶が
戦闘ログよりも詳細に鮮明に蘇り
嫌な汗が噴き出す。

始祖「一日だけだ。
第三戦闘訓練に比べりゃ
大した事じゃねぇよ」

私「あー、あれは酷かったね、
はッ……はははは……
はーぁ、濃かった……3ヶ月? 強? 
自分を褒め称えるよ」

始祖「とりあえずのご褒美はだ、
飯と風呂と輸血、どれにするよ?」

私「シャワーの後で
酒メインの外食を希望するよ」

始祖「隣町にバンパイアが始めた
バルがあるんだがどうだ? 
味は保証する。
居心地も凌司君好みじゃねぇかな」

私「同族の店は有り難いね。
そこにしよう。ドレスコードは?」

最初の吸血衝動が
未だ私に起きていないから、
有事の際に対処でき得る
同族の店は有り難い。

始祖「スウェットにアリゲーター
(凌司愛用のクロッグサンダル。
手書き風ロゴが『ありげーたー』)」

私「本当に?」

始祖「でなきゃこーゆー日に
俺が行きたがる訳無ぇだろ」

私「そうか、そうだよね」

始祖「めかしてすかすトコも
まーったくキライじゃあねぇが、
それはまた別の機会にな。
今日は打ち上げで慰労会だ。
四十分後に真代まよ前な」

私「承知」

私の頭頂部を一握りしてから
始祖は地下へ向かった。
贅を凝らした喫煙室で一服するのだろう。
私は二階の浴室へ真っ直ぐ向かった。
この一週間、
私の左斜め後ろに始祖が立ち、
私の襟首に彼の右手を置くのが
恒常化していたが、
私の知覚訓練が済み、
異界が消滅し、
私にすっ転ぶ心配が無くなった以上は
終わるのだろうかなどと思った瞬間、
胸の奥が微かに縮んだ。
何だったかこの感情は……?
ああ、寂しさか、ばかばかしい。
誰であろうと面倒を掛け続けて
生きるのは忍びない筈だろうに。

約束まで四十分、
以前なら洗髪を諦めたが、
バンパイアになり
退魔師となった三ヶ月の間に
ドライヤーの風にブーストを掛ける方法を
体得した今なら可能だ。
だが急がなくて良い程ではない。

手早く全身を洗って
シャワーの下で一息入れる。
始祖に同族の縄張荒らしと勘違いされた
あの雪の日から四ヶ月。
梅雨入りもする訳だ。
長いと思うより、うむ、濃かった。
実に濃かったなぁ。
始祖久幸さん、ランさん、師匠トゥさん、
大空さん、キャレンタさん、ナセリアナさん、
加護精霊恵玄、土果、
主治医レネ先生、千夜さん、久実さん、
タケシさん、マー坊さん、
タケシさんのご伴侶アスカさん、
京斉店長、ナリスさん、チカッツさん、
十輝さん、瞭尾さん、枯仇さん、笑生さん、
ハイドさん、フレデリックさん、シャウさん、
深山さん、紀藤さん、
壱学園長、トツカ先生、マツイ先生、ウガジン先生、
ハナダ先生、ヨシムラ先生、シノダ先生……
元あった人間関係を失う事無く、
気の良い人達との出会いを得られた。
恵まれているとしか思えないが、
何時か今日の想いを忘れて、
バンパイアにされた事を
恨む日が来るのだろうか。
世の総てを妬み嫉み僻んで
己の頭だけを撫でて
生きる日が来るのだろうか。
考えても詮無い事だが、
髪を乾かしながら
予兆すら無い未来に意識を馳せる。
現実逃避を諫める自分は今日は居ない。
「異界が片付いたr」その話は今は良い。
「慣らしk」黙れ。
その事を考えたくないんだ。


ああ、くそ……間に合わなかった。
期待に満ちた欲情が、
水底から湧くガスのように小さな気泡の姿をとって
ぷつりぷつりと産まれては揺らぎながら
理性の箍の外を目指して浮上する。
殺意無き吸血は性交とワンセットになるのが
自然な営みなのだと学んでしまってから
意識しない日は無く、
私は都度必死で気を逸してきた。

くそ……今日は打ち上げで慰労会だ! 
健全コースだ! 
でなければ私の身体が先に泣きを入れるだろう。
落ち着くんだ。
あの美しい張りのある滑らかな肌に口づける夢なぞ、
今暫く沈めておくんだよ。 
コラコラコラ、
あのギザ歯を私の鼻に立てさせるんじゃない。
……え? リアル?!
私の強すぎる妄想由来の幻覚だと思った
鼻梁への甘噛は、
何時現れたのか現実の始祖のものだった。

私「ちょ、久幸さん?」

始祖「ア…………誘惑されたかと思ってつい」

私「ファッ?!」

始祖「アー……済まん。
今の凌司君のお誘いなら
どんな重いモンでも断れねぇ自信あるわ。
慣らし吸血、
ちぃーっとだけデビューしとかね? 
しとこうぜ? な?」

私「え、いや、否、嫌じゃないけど
予約したんでしょ? バル」

始祖「ア、そうだったわ。
良い酒と良いツマミ
初心バンパイアコーナーに集めてもらってるんだった。
はぁあああ……セーーーフ。
しっかし凌司君漏れ過ぎ。
嫌じゃないとまで言わせられるとはな、
ククッ、予測できなかったぜ。
入店時に揶揄からかわれんのは避けてぇから、
これで落ち着いてくんねぇかな?」

始祖は私の襟首を掴んでいた
指先に力を加え、
引き寄せた私の唇に吸いついて
舌を潜り込ませると、
私の舌をザラリと撫で摩り
繰り返し唾液を交換した。
私は何時からか待ち望んでいた
彼との初めての口づけに
腰も骨も意識も溶けてしまいそうになり
思わず彼の背に手を伸ばし縋りついた。
ごくりと体液を嚥下する度に、
欲情が箍の外れかけている唇から
淫靡な溜め息となって漏れる。
寸での処で冷静を掴み戻し
接吻が止むのを待って、
私は精一杯の皮肉を込めて叫んだ。

私「こ、コレで落ち着かせられるなんて
まさか本気で思ってないよね?!」

始祖「少なくとも皮肉を
かませるようにはなったろ? 
さっきのじゃ俺にメロメロなの
駄々漏れだったもんよ。
俺としちゃあこの上なく嬉しいけど、
他の奴には極力見せたくねぇんだよ。
世の中にゃ好みに関係無く
他人に夢中になってるってだけで
誘惑して奪うだけ奪って
ポイ捨てしたがるドクズもいるからよぅ」

私「ああ、確かに居るねぇ、そういう人種」

始祖「店に認識阻害掛かってて
バンパイア以外の親人怪異にも人気だから……
凌司君、バンパイア式盲目術掛けさせてくんねぇ?」

私「何の必要があって?」

始祖「1人、
凌司君の好みド真ん中ぽいのが居るんだよ」

私「私が君に惹かれてる事は知ってるよね?」

始祖「まぁな」

私「私は器用な人種じゃないの知ってるよね?」

始祖「だからだろ」

私「???」

始祖「あんたさんは『圭凌司』だからな。
浮気でアッサリ済ませて
俺んトコに毎日帰ってくるんなら
盲目術なんざ要らねえんだが! 
本気になられて一泊でもされちゃあ業腹ごうばらなんだよ。
獣人になった土果みてぇなのに
強めに口説かれたら凌司君なびくだろ? 
『もっと居て』とか言われたら断れねぇだろ?」

私「ははぁ、良くご存知で」

始祖「そーゆートコやぞー」

私「でも同族じゃない
(だから浮気に該当する行為はできない)
のだろう?」

始祖「関係ねぇよ。
獣人でも付いてるモンは変わらねぇし、
狼男の中にも吸血されるのが好きなヤツが居るし。
あいつ等も月夜は頑丈だから充分相手になる。
嵌れば填まる・・・・・らしいって話だ」

私「ふむ……うーむ……
支配欲でなく嫉妬心からなら
盲目術を受け入れるよ」

始祖「支配欲なんかっくに! 
調・伏・済・です! よーだ!」

私「何キャラ?」

始祖「うっせぇわ。
圭凌司と万禮久幸フィデンツィオより
日輪堕ち吾等灰塵かいじんと化すまで
ともるに相応しきもの無し。
吾と汝より大地裂け吾等土塊と化すまで
相和あいわすに相応しきもの無し。
汝と吾より海波立ちて吾等藻屑と化すまで
相敬あいうやまうに相応しきもの無し。
吾等が真祖ルスヴェンならびに吾が始祖ヘレナの
加護に値するもので在り続ける事を誓う』
ハイ、リピートアフターミー」

私「久幸さん、それは誓いの上に双方なんじゃ……?」

私は初めて耳にした
――久幸さんが人の生を受けて
最初に賜ったであろう――
外国の名前を慌てて胸に刻みながら、
彼の言葉の真意を確かめようとした。

始祖「そうでぇす。
バンパイア式永久とわちぎりの1つでぇ、
どーーーしても失くしたくねぇ相手と誓い合う
盲目術としては弱々だが、
最強の双方拘束術でぇす。
駄目なんデスカー?」

主治医回想「万禮さんは賢いんで、
(中略)済し崩しに無体したりなんかしませんから」

精一杯おどけてはいるが、
実質的求婚という解釈で正解なのだろう。
彼の知り得る最上であろう誠意の証を拒む理由など、
私には既にひとつもなかった。

私「まさか。
『汝万禮久幸フィデンツォと吾圭凌司より
日輪堕ち吾等灰塵と化すまで
倶に歴るに相応しきもの無し。
吾と汝より大地裂け吾等土塊と化すまで
相和すに相応しきもの無し。
汝と吾より海波立ちて吾等藻屑と化すまで
相敬うに相応しきもの無し。
吾等が真祖ルスヴェン卿ならびに
吾が始祖の始祖ヘレナさんの
加護に値するもので在り続ける事を誓う』」

「「其れ等の誓い聴き届けたり。
我等が加護、
其れ等の命輪廻る限り与えられるものなり」」

頭頂に二度口吻をいただいた感触の後に、
軽やかな男声と爽やかな女声が
実に優しく精神感応で祝福を下さった。
男声がルスヴェン卿で、
女声が久幸さんのあの肖像画の始祖ヘレナさんなのだろう。
他ならぬバンパイアの元祖に立ち会わせて? 誓って? 
婚姻? してしまった……!

久幸「ニンゲン社会のパートナーシップ宣誓はその内な。
とりま飯行こう」

彼に背中を押され
土果に外出の挨拶を済ませると、
背を押されたまま店へ駆ける。

私「…………ゥワァ……」

久幸「凌司テメェ! 嫌なんかよ?!」

彼が私の小さな呻きを捉えると早とちりして、
私の襟首を引いて凄んだ。
彼の目許に
語気とは裏腹な弱気が滲んでいるのを認め、
私は慌てた。

私「違う、そうじゃない! 
君、日本では初婚なんだよね? 式とか色々……」

久幸「ナンダ。
日本どころかバンパイア歴中初婚だぜ。
当然! 式は盛大に挙げてぇよ? 
タダマサヒロトと圭凌司を
永遠に手に入れたんだからな。
バンパイアにもニンゲンにも!
何なら狼連中にも! 
よぉーっく! 周知徹底してぇよ」

私「おぅふ……」

店員「いらっしゃいませ!」

久幸「遅くなって済みませんが
予約した万禮です」

店員「ご無事で何よりです! 
万禮様、圭様、
ご来店楽しみにしておりました!
ご予約のお客様ご案内しまーす。
お足許少々濡れておりますので
お気を付けください」

小柄な店員に案内された半個室に入る直前、
季節外れの雪の匂いに思わず振り向くと
彼の大きな手に視界を阻まれた。

久幸「凌司テンメェ……早速かよ」

私「雪の匂いがしたんだ」

私は真っ直ぐ彼の眼差しを受け止めて弁明した。

久幸「雪? 人名じゃなく?」

私「じゃなく。空から降る雨の固体の方。
君と出会った日の昼間の記憶の匂いだ」

久幸「雨の匂いは分かるが雪なぁ?」

店員「ァ……ご内密にしていただきたいんですけど」

私「勿論」

久幸「おぅ、お互い様だからな」

店員「ありがとうございます。
たぶん他のお客様です。
雪を司る方々が見えてるので」

私「ほほーぅ、二人一組?」

店員「はい」

私「お一方ひとかたは彩り鮮やかな花が好き?」

店員「はい!」

私「もうお一方は
尾てい骨を震わせるような低音イケボ?」

店員「はい!」

私「あー……見たいなぁ。
久幸さん、私が最期の日
見そびれた雪男かもしれないんだよ。
本社の裏にある飯屋のオーナーが見たのは
銀色の獣耳に毛皮のコートの我々位の背丈らしくてね」

久幸「済まん。ヱ×ス生二つと
予約通りオーナーお任せを頼むな。
ジャンジャン持ってきて大丈夫だから」

店員「×ビス生二つかしこまりました! 失礼します」

私「済まない、宜しく」

久幸「ミートコートの親爺さんが見たつぅ怪異な」

私「そう、正しくその話」

久幸「ずばりそのヤロウだよ。
二月十日にミートコートの隣の花屋で
遊んでたヤツと一緒に居たイケボヤロウは、
親爺さんが見たのと同一怪異で、
さ・ら・に・は! 
本日俺が警戒しまくってた
土果の白獣人バージョンだ。
……俺の心中お察しいただけただろうか?」

私「ァ……成る程……
察しました察しました今全て。
済まなかったよ。
そんなに君に信用が無いのは
かなり寂しいものがあるけど」

久幸「それなぁ、
一途さについての信用は大いにあるんだが、
凌司君は押しに弱過ぎんだろ。
異界が収束した以上
制約もなくなった訳だから、
凌司がホワイトデーに最も大きい返礼を渡した相手ブ×ガリ嬢にすら
いつなんどき押し負けても不思議はねぇからなぁ」

私「彼女は有り得ないけど……。
でも土果の容姿は久幸さんも大好きでしょう」

久幸「俺は獣人萌がねぇんだよ。
土果が二足歩行始めても、
ヒトの顔になっても、
それが原因で今以上好きになる事はねぇ。
二足歩行種に獣耳だの角だの尻尾だの生えてても
評価に繋がらねぇつぅの?」

私「成る程……そういう人も居るのか」

店員「失礼します! 
ヱ×ス生二つとピンチョス八種盛りです。
こちらにお料理の説明を書いてますので
箸休めにご覧ください! 
お後三十分程したら
お肉とお魚をお持ちしますが、
次のお飲み物はいかが致しますか?」

久幸「おぅ、華やかで良いな! 
ありがとうよ。凌司君、ジンは?」

私「ありがとう。
ああ、凄い品揃えだねぇ……
桜×をストレートで」

久幸「俺はボ×ス……
お、バレルエイジドジュネヴァにしよう。
ストレートで頼む、十分後に」

彼が開いて寄越したメニューには
ジンだけで十数段埋まっており、
ちょうど興味のあった銘柄を見つけて
私の胸は高鳴った。
彼は、オランダはアムステルダムの伝統的な
ジンの原型と呼ばれるジュネヴァの中でも
オーク樽で熟成させた複雑で力強い
……彼本人のような名品を選んだ。
初めの印象通りドライ派でいてくれたら
この胸はもう少し大人しくしていられたのに。

店員「十分後に×ルス
バレルエイジドジュネヴァストレートと
×尾ストレート、承りました! 失礼します!」

久幸「環を持つ土塊の星ラントゥちゃん達の処はその点
凌司君タイプが多いんだろうな。
養育者の考え次第じゃ
動物の顔のまま育つ獣人も居るらしいんだが、
俺向こう行って見た事ねぇもん。
……ァ、凌司君が龍の角生やしたら萌えるかも……」

簡潔な乾杯の後、
彼は着席以来私の襟首で休ませていた
――休めているのかは甚だ疑問だが――
右手で私の髪を一頻り弄ぶと
鼻先を近付けて頬を弛めた。
喉元まで跳ね上がった心臓の鼓動、
私は精一杯意識して細くできるだけ長く
ゆっくり吸い込んだ息で鎮静を図る。

私「龍? それは何ネタ?」

くそ、声が裏返った。
だが彼は嬉しそうにほんの少し左頬で笑んだだけで
右手を私の襟首に戻して、
左手で料理を摘むと私の口へ運んだ。
身体中の血が一斉に沸く。
私が口許の物を手で受け取ろうとすると、
彼は右眉を引き上げて凄んだ。

久幸「直接喰わねぇと次は口移すぞ」

私「ゥー……いただきます」

久幸「ヨシヨシ。
……龍な、思い出せねぇんだけど……日本来る前だろうな」

私「興味深いな、フィクション? リアル?」

久幸「どうだろうな……龍といや中国だろ? 
俺中国に居た筈なんだが、
始終ラリッてたから記憶が凄ぇ朧気なんだよな……
四・五年かもっと短かったか全然長かったか……」

私「日本の直前?」

久幸「いや、俺の始祖が死んだ直後だから
百五十年位前?」

私「じゃあ、映像作品ではなさそうだね」

久幸「そうだな……」

店員「失礼します! 
ボル×バレルエイジドジュネヴァストレートと
桜×ストレート、お持ちしました!」

久幸「おぅ、ありがとうよ。
凌司君、シェリー酒イケる口?」

私「ああ、良いねぇ! 
詳しくはないから任せるけど」

久幸「押忍。じゃ切札『オーナーのお勧め』な。
ヘレスのアモンティリャードのボトルと
チェイサー用に炭酸三本頼むわ」

店員「オーナー特選
ヘレスアモンティリャードと炭酸三本、
承りました! 失礼します!」

ああ、くそぅっ! 
丁寧な酒の選び方をする人間に惚れずに居られようか。
ざるどころか枠並みに
彼が酒に強い事は既に知っている。
呑兵衛として非の打ち所の無いハ……ハ、伴侶だ。

久幸「ナニその富士山口は? 
アモンティリャードが駄目だったか?」

私「いや、惚れ直した」

久幸「マジか! それが惚れ直した顔? マジで! 
アー、そういやタダマサ先公が恋人相手にしてたか!」

私「良く覚えてるなぁ!」

久幸「今思い出したんだよ。
ガキ共に見せる顔とカノジョに見せる顔の雲泥の差に
俺のギャップ萌が発動したんだよ。
成る程なあ! 
凌司君は素を使うのが上手いから皆夢中になるんだな。
先日こないだ凌司君の裁縫する姿見て
鼻血出たんだぜ」

何なのだこの男は……
今度は屈託の無い笑顔まで付けて私を褒め殺す気か!

私「今ぼくは君の反応全てに鼻血が出そうだよ」

久幸「ギャハハハハ、マジか!」

私「ずっとそのおばか笑いでいてくれ給えよ」

久幸「ブハッ……んーじゃ封印しとかねぇとな」

うなじを掴む指先に力が込められ、
期待が唇に宿ったが、
彼は間口の気配を察知して
鼻梁に皺を寄せた。

久幸「ドーゾ」

見覚えのある男「失礼します。ヘレスをお持ちしました。
圭様、万禮様、本日はご来店ありがとうございます。
オーナーの香坂フェルナンドです」

私「! 彼は他人の空似?」

久幸「いんや、凌司君を襲って
ラントゥちゃんに返り討ちにされた縄張り荒らし本人」

私「何故?」

香坂「その節は大変ご迷惑をお掛け致しました。
ラン様とトゥ様のご厚情と、万禮様のお口添えで、
皆様にこの様な形で誠心誠意お仕えする事で
罪を償う運びとなりました。
どうか末永くご活用いただけますよう、
伏してお願い申し上げます」

久幸「つぅ訳だ。
コッチが落ち着くまで
家で仕えられるのは鬱陶しいから
目の届く場所で店を持たせた」

私「何とまぁ……」

久幸「勝手に進めて済まん」

私「いや、そんな事は全く構わないよ。
久幸さんが情けを掛けるだけの
事情が判明したんだろうから」

久幸「それな。直系の末弟らしいんだわ。
始祖が死ぬ直前に同族化したせいで
えれぇ長く昏睡してたんだと。
協会の担当者が深山になる前の話で、
協会自体が混乱期だった事もあって、
まあ……色々と荒んで歪んじまったんだな」

私「あぁ……協会の混乱期は
歴史で習ったかもしれない。
大変だったらしいですね」

香坂「ッ……それなりに。
しかし今は補って余りある程に
恵まれておりますので、
お気になさらず。
万禮様、本日のアモンティリャードは
わたくしのポケットマネーから
贈らせていただきます。
ゴンザレス・ビアス社
デル・デュークに致しました。
テイスティングをお願いします」

久幸「押忍。奮発したなぁ! 旨い旨い」

香坂「本日は特別な日で、お好みかと思い……」

久幸「実に好みだよ。
凌司君も気に入るんじゃねぇかな」

私「あぁ……これは好きだなぁ。
メインにかける期待が倍増したよ」

久幸「スモークのセンスが抜群に良いから乞うご期待だぜ」

香坂「お褒めの言葉ありがとうございます。
燻製は、鮎、烏賊、鴨、羊を用意致しました。
只今魚介のスープと共にお持ちします」

店員「失礼します! お料理お持ちしました。
オーナー、お客様がお帰りです」

香坂「ありがとう。
圭様、万禮様、何かございましたら
お気軽にお呼び付けください。
失礼致します」

久幸「おぅ、ありがとうな。
凌司君、米イケそう?」

私「今夜は結構かな」

久幸「やっぱし? デザートも?」

私「甘味は多少」

久幸「ブフッ……意外な返事」

私「何故か困った事に
こういう呑み方をした時は
〆の甘味が諦め切れないんだよねえ……
今夜なら歯が浮きそうな
生クリーム系デザートカクテルなんかが
欲しくなるだろうな」

久幸「チョコ好きだったよな……
バーバラでどうよ? 俺を岡惚れさせた」

私「そうしよう。
しかし、良く覚えたねぇ」

久幸「済まん、リモンチェッロとバーバラを三十分後に頼む」

店員「三十分後にリモンチェッロとバーバラ、承りました! 
失礼します!」

私「宜しく」

久幸「当人が未だ内密にしたいらしいから言わんが、
凌司君の十五年来のファンが居て円盤貸してくれたんだよ。
ソイツと話す時に役名覚えさせられた」

私「最近になって冷静になってから思い出したんだけど、
アスカさんは足繁く公演に通ってくださってた。
余計な事だといけないから言い出せなかったんだが、
とても励まされ感謝していると何時か伝えたいなぁ」

久幸「へぇ、見てるモンなんだな」

私「開演前のサインと握手会、終演後の撮影会、
ファンと接する機会は多いんだ。
ウチはコアなファンに支えられて保っているからね」

久幸「んーなら公演中は拘束時間長そうだな」

私「あー、そうだね。
でも13時から21時までの、
東京は五日間で大阪は二日間だけど、
他は一日だけだから」

久幸「東京、大阪は分かるが、
旭川、盛岡、松山、
熊本、那覇はどういうチョイス?」

私「団員の出身地だよ。
故郷に錦を飾らせてやりたいじゃないか。
東京の劇団で、
その人にしかできない役を任せられてるんだ。
誇りを持って演じる姿を
地元の人達にも見てもらいたいんだよ。
時と場合によってはウチはプライベートの
生活態度や経験も配役に影響させるからね」

久幸「今回凌司君がバンパイアに配役された理由は?」

私「匠さんが不在だったから、
容姿じゃないかなぁ……
書き始めは匠さんを
イメージしてたんじゃないかと思うんだ。
匠さんが得意で私は苦手な演技なんだよ、
儚げで、狂気を秘めてるような危うい役って」

久幸「おぅ『匠流生』これか……
女性体男性自認者FtoM?」

私「うん、公言してる」

久幸「あー、思い出した。
凌司君が根暗な呑んだくれ……
タカトオだっけ、ってた話で
ストリートアーティスト演ってた人か。
今回のバンパイア演るにゃ
ちょっと硬いんじゃねぇかな。
最初から最後まで危ういままなら
彼かもしんねぇけど、
変容する演技は凌司君が抜群だったもんよ」

この褒め上手め。
FtoM彼で在りたい人を彼と呼ぶ人間には
絶対の安心感がある。
ああ、もう、誰かこの男に
ばか笑いだけさせてくれないものか……。

久幸「後は蹴りの鮮やかさ?」

私「ブホッ……ぁあ、有り得るかも」

久幸「あれはどうやって身に着けた? 
カポエイラっぽかったよな?」

私「そうらしいね。
小学生の頃に入り浸ってた
近所の工場跡に住んでた人が教えてくれたんだ。
性別も容姿も全く思い出せないんだが、
その人のお蔭で溜飲の下げ方を覚えたし、
容姿と言語の関係についての先入観が無くなったように思う」

久幸「成る程な。
凌司君ってどんな姿でもニンゲン相手なら
容赦ない日本語で喋るもんな。
大抵の日本人ってのはガイジン顔と喋る時って
ゆっくりになったり
謎のカタコトになったりすんじゃん?」

私「まあ、劇団員にも多いからね。
私が国外に出ていない以上は
通じる確率の方が高いんだろうと。
うーん、美味しいなぁ」

全てが片頬で咀嚼できる
絶妙な大きさにカットされているお蔭で、
燻製肉とヘレスに舌鼓を打ちながら
会話を堪能し続けていられた。
香坂さんは飲食店オーナーとしては凄腕のようだ。
サービスのひとつひとつが
独り悦がりとは程遠い本物のもてなしだ。

久幸「凌司君、蘊蓄うんちく聞くの好き?」

私「退屈してる時ならかぶりつくよ」

久幸「なら香坂に伝えとくよ。
独りで来ても放っておいてくれと言わない限り
誰かしら店のヤツが構いに来るから。
今かぶりつかれたら俺泣いちゃうもんな」

私「フフッ、久幸さんが話してくれる事なら
何時でも傾聴してしまうよ?」

久幸「へぇ、余裕出てきたな?」

私「えぇと、本音なんだけど」

久幸「マジか!」

私「久幸さん、
結構深読みするようになってきたみたいだね?」

久幸「普段はしねぇよ、無駄だもんよ。
……ファッキン! 凌司君が暴発させてんじゃねぇか」

私「私が? 君を?」

久幸「ドーゾ」

香坂「失礼します。リモンチェッロと
バーバラをお持ちしました」

久幸「おぅ、ありがとうよ」

香坂オーナーは手にしたシェイカーを
優美な所作で振ってから
私の前のカクテルグラスへバーバラを注ぎ入れた。
かなり力強いシェーキングだった筈だが
氷の破片がギラつく事は無かった。

私「ありがとう。
ああ、これは美味い筈だ。いただきます」

ふわりとクリームと完全に調和した
カカオが喉を通過した時、
異変が起きた。
後頭部を鈍器で殴られたかの衝撃。
脳内から灼けるような飢渇感が爆散した。
声も出せぬ程の圧迫感に
眼球さえも飛び出しそうだ。
久幸さんに縋りつく。

久幸「どうした?」

香坂「圭様?!」

店員「失礼します! 
オーナー、お客様が……!」

香坂「万禮様、灯りを落としますので
このままお連れ帰りください! 
他のお客様に衝動が起きたようで
……失礼致します!」

久幸「分かった。明日な。
凌司君、帰るぞ」

何だこの飢渇感は! 
欲しい! 
何が? 
欲しい欲しい欲しい! 
食事も酒も充分過ぎる程いただいた。
これ以上は無理だ。
欲しい欲しい欲しい欲しい! 
血? 血か! 要らん! 今朝補給済みだ!

久幸「ヨーシ、ヨシ、ヨシ、
冷静だな、大丈夫だ。
それは凌司君のじゃねぇ」

ゥアッ欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!

久幸「ドウドウ、欲しけりゃ幾らでもくれてやるが、
それはあんたさんの衝動じゃねぇ。拒絶できるだろ?
してみな、凌司君ならできるから。
他者ひとの情動に翻弄されんじゃねぇ。
あんたさんは他者を翻弄する側だろ。思い出せ。
恵玄も信じてるから出てこねぇじゃねぇか。
大丈夫だ、囚われねぇ」

無防備に魅惑的な首筋を差し出され強く抱擁され
耳許で常時通りの穏やかな声音で
絶対的な信用を並べ立てられ、
大潮は満ちた時の勢いのまま乱暴に引き、
衝動は何事も無かったかのように唐突に凪いだ。
ただ動悸だけが置き土産のように取り残されている。

久幸「流石だな。良く堪えた」

私「ありがとう……助かったよ……でも何故?」

何時の間に帰ってきていた私の寝室のベッドの足許で
緊張も露わに私を見つめていた土果を撫でる。
ああ、鼓動が落ち着いてゆく……。

久幸「分からん……凌司君の知覚は
未だ俺にシンクロしてるのに
俺が感知できなかったって事は、
凌司君が親しい誰かの衝動を
シンクロしちまったって可能性が一番高い」

私「親しい?」

久幸「大抵は近かれ遠かれ血縁者だが
……調べられるのは明日だ。
もう今日は歯磨いて寝るぞ」

私「そうだね、おやすみ。んん?」

彼が地下への扉へは向かわず、
私と共に隣接する洗面室へついてきたので
私の胸中にぷくりと期待の蕾が膨らんだ。

久幸「初夜は明日! 以降デス! 
ですが! 
一緒に寝る位は許されて良くナイデスカね?!」

私「私は嬉しいけど、君、此処で眠れるの?」

久幸「素直じゃん……
眠れなくても離れたくなくなったよ今」

ベッドの広さ的にはキングサイズだから問題なかろう。
私の寝相は悪くない筈だ。
私は普段は閉め切らない窓の
緞帳のような重厚なカーテンも全て閉めて、
一度も使った事の無かった足元灯を点けて、
地下の彼の寝室に可能な限り近づけた。
大人しくしてくれないと、否、
もう傍らに彼が居るだけで
私の方が眠れなくなる気がしたが、
気がついたら翌朝だった。


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