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残り0日:回想

朝起きてカーテンを開けると

いつもより太陽が眩しい。

暗く淀んだ自分の心とのギャップが

そう感じさせるのかもしれない。

だめだ、

「カーテンを開ける」というポジティブな行動ですら、

世界からの「皮肉」と捉えてしまう。

さて、顔を洗って

今日を清々しくスタートさせよう。


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ふと、数日前に経済学YouTuberにコメントしたのを思い出した。

軽い気持ちで冷やかしたつもりが、たった1人の返信によって、俺の心は深くえぐられた。

そのコメント欄を、怖いもの見たさで確認することにした。

グッドボタン3、バッドボタン43、コメント5

恐る恐るコメントボタンをタッチする。

「それ楽しい?」
「お前の感想は?」
「うざいよ、そういうのいらない」
「この方は、しっかり自分の意見として発信していると思います」
「あなたみたいな人が1番嫌いです」

…おそらく、このYouTuberの登録者達なのだろう。

今やYouTubeのチャンネルごとに、世界が確立している。

アンチが入ってこようものなら、

これ見よがしにかじりつき、

徹底的に排除される。

誹謗中傷が騒がれる中で、

アンチに対するアンチという

「毒をもって毒を制す」的なシステムは、

平和な世界を築くうえでの突破口になるかもしれない。

しかし、

アンチコメントで気晴らしをしていた俺にとっては、

とても住みにくい世の中だ。


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会社に着くと、支店長の笹山さんと部下の山田が、何やら盛り上がっていた。

「支店長!朝のニュース見ました?大御所芸人の不倫報道!この情報社会で、悪いことできないですよねー」

「あれだけ有名なら、お金目的で近づいてくる女性もいるだろうからね。ある事ない事いわれる可能性もあるし…有名人は大変だなぁ」

「支店長も気をつけてくださいよ?笑」

今度は不倫報道か…

世の中で不倫している男女なんてゴロゴロいる。

それを有名人だからと言って、

メディアに大きく取り上げられる。

視聴者が喜び、視聴率が上がる。

そうする事で、飯を食べていく人間がいるのだ。

不倫報道なんて、

不倫した側はもちろん、された側にだって被害がある。

喜ぶのは衆愚とメディア業界だけ。

あと、CM契約している企業か…

いっときの快楽を求めて踏み外す人間

人間の不幸を食い物にする人間

そんな人間に食い物を与える人間…

このサイクルが破綻しない限り、

世界の不幸は増え続けるんだろうな。


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仕事を終え、帰り支度をしていると、

山田が声をかけてきた。

「先輩、ちょっと顔色悪いっすね。大丈夫っすか?」

「あぁ、先日契約した顧客の資料をまとめてたら、寝れなくなってしまってね。ただの睡眠不足だから気にしないで」

もちろん嘘だ。

「睡眠を侮ったらダメっすよ?人生の第一優先は睡眠だって、誰かが言ってましたから!」

「わかったわかった、ありがとう」

山田は、トラブルメーカーではあるものの、明るくて外交的な性格なため、みんなから可愛がられる存在だ。

業績も、俺に次いで2番だ。

陰では「トップになるのも時間の問題」と噂されるほどだ。

優秀な後輩は、シンプルに怖い。

将来性という面からでも、

俺なんかより山田の方が価値が高い。

俺の存在価値……とは?


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帰り道で、一昨日見た「ショーシャンクの空に」を思い出していた。

今の自分の感情が、ブルックスのそれと重なっていた。

社会から見放された孤独感。
世界の変化に追いつけない絶望感。
自分の価値を見出せない虚無感。

自己嫌悪の重圧が、重く全身にのしかかり、一歩一歩が苦しい。

やっとの思いで帰宅した。

気づくと手にはロープと椅子を持っていた。

俺は無意識に、ロープを結べそうなポイントを探した。

そこに椅子を置き、ロープを結びつけ、自分の首を通した。

目を閉じ、深呼吸をして、乗っていた椅子を蹴り倒す。

「んぐっ…」

薄れゆく意識の中で、

小さかった頃のことを思い出す。

保育園の遠足で、友達と肩を組んで走っていたら、躓いて転んでしまったこと。

小学校の運動会で、親と一緒におにぎりや唐揚げを食べたこと。

中学校の部活で、仲間と励まし合い、大会優勝を目指して頑張ったこと。

高校で、初めて好きな女の子ができて、毎日のように手紙を交換したこと。

会社に就職して、初めて契約を結べた時の達成感。その後、支店長と少し高級な居酒屋で、お祝いしてもらったな。

徐々に気が遠くなってきた。

頭に酸素がいかず、全身の力が抜け落ちる。


…もっと、生きたかった。


ーーーーーENDーーーーー

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