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1億円当選メールに騙された人は、騙されてないと思い込む。【詐欺の思い出③】

そのお客さんは、正確に言うと常連さんではなかった。店長の知り合いで、店長にお金を借りている人だった。

剛田さん(仮名)当時50代前半といったところだろうか。

お金を借りに来るときもそうでないときも、オーダーなしで居座るけれど、店長がサービスで飲み物を出すと「あっ、いらない!」と出された後に直球で断る猛者だった。そのコーヒーあるいは紅茶、コーラを、毎回わたしが飲むハメになる。出すなもう。

剛田さんは、生活が苦しくなると、いろんな人から少しずつお金を借りていたようだ。
店長は、「返すのはいつでもいいよ、元気な顔見せに来てくれればいいから」と菩薩のようなことを言っていたが、真意は不明である。
逃げないように見張っているような気もしたから。怖い。

剛田さんはちょっぴり、知的障害があるような感じだった。グレーゾーンといったところだろうか。
働いてはいたけれど、会話の端々からは、だらしないとかギャンブル依存とか以前に、きちんと日常生活が送れてなさそうな気配が漂っていた。

今回ばかりは、「騙されてもしかたない」というよりも、「本当に騙される人いるの!?」というレベルの詐欺の話である。

ある日、剛田さんが「いやぁ~~~まいったまいった~~」と言いながらカウンターへ滑り込んできた。まいったと言うわりに、ニコニコしている。
店長は「ありゃどしたの~儲けた~?」と何かジェスチャーをしていた。パチンコとか競輪とか、何かで勝ったの?という意味だったらしい。

剛田さんは「いやーまいっちゃうよぉ〜〜」と嬉しそうに言いながら、内緒話をするように店長の耳元で何かささやいた。

店長が「ふはっ」と鼻で笑った。

そしてまたもごもごとやりとりをし、わたしの方をちらっと見て、剛田さんがそっと携帯電話を差し出してくる。

メール画面だ。

「おめでとうございます!1億円に当選しました!!」

秒で削除するような、目にも入ってこない迷惑メールだ。これがどうしたんだろう?と思ったら、なんと剛田さんは、このメールで本当に1億円が当たったのだと思っているらしい。

わたしは逆に感心した。

巧妙じゃなくても、こんなメールに引っ掛かる人が本当に、実在するんだ。人口のほんの0.1%が騙されるとしても、10万人が騙されるんだ。

わたしは、言葉を選び、単刀直入に「これは嘘です。詐欺ですよ!」と言った。

剛田さんは、心底何を言っているのか分からないという怪訝な顔で、「え、違う違う」と言った。「これね、当たったの。それで、登録して手数料を払わないと、権利がほかにうつっちゃうから。ちょっと登録を手伝ってほしくて、まいったねぇ〜」

いやいや、参ったのはこっちだ。

私は目を見開いて、店長を見た。
店長は、「迷惑メールとか、年寄りはそういうの難しいから……ほら、若者にどうおかしいのか分かりやすく説明してもらわないとさぁ、俺もインターネットはよく分かんないから……ねっ」と、オーダーも入ってないのにお皿を出し始めた。

押し付けられてしまった。

わたしは懇切丁寧に、
・これは詐欺であること
・登録しても1億はもらえないこと
・余計に迷惑メールが増えること
・個人情報を悪用される可能性があること
などを剛田さんに伝えた。

剛田さんは、分かってるんだか分かってないんだかよく分からない顔で話を聞いていたが、その日はおとなしく帰って行った。

よし、詐欺を未然に防げたぞ!!
わたしはその日、少しの達成感とともに帰路についた。

……が、次のシフトで絶望することとなる。

店長が、今日の天気の話題でも振るかのように、あっさりとこう言ったのだ。

「あっ、剛田さんね〜、例のメール?に登録して、手数料を振り込んだんだって。そしたら、1億を使うためのカードを郵送するのに、カード代がかかるから1万円貸してほしいって来たんだよね〜」

貸したんですか!?えっ!?と焦るわたしをまあまあ、となだめながら、店長は続けた。

「言っても分からない人って、いるんだよ。俺から借りなくてもどうせどっかで工面しちゃうからねぇ」

衝撃的だった。
わたしの説明はこれっぽっちも伝わっていなかったのか。店長は、わたしが落ち込んでいるのを察したのか、

「いいのいいの、そのうち身動きとれなくなるか、自分で気付くんだから。気を悪くさせたらごめんねぇ。さーて買い出しでも行ってもらおうかな〜」と、半ば強制的に話題を変えてきた。

「知らないほうがいいこと」や、「優しい嘘」は確かにある。でもこれは、そういうものとは違う、理解したほうがいいもの、だ。

己の無力さに嫌気がさした。

わたしはかなりの期間、この出来事を引きずった。何気なく観た映画がバッドエンドで終わったときみたいな後味の悪さだった。
それは詐欺です!みたいなチラシをいろいろと印刷して、店長に渡しておいたけれど、結局、どうなったのかはそれ以上聞けなかった。

1億円がもうすぐ手に入る、あと少し、あと少しで……と思い込んでいた剛田さんは、いくらと引き換えに、束の間の、期待に満ち溢れた時間を過ごしたんだろうか。

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