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カルボナーラとオレオレ詐欺【詐欺の思い出①】

騙されないと豪語する人ほど、騙される。 

「鈴木さんとこのおかあちゃんてばなぁ、オレオレ詐欺に引っかかるなんて馬鹿だよねぇ〜〜〜ボケ始めたのかってね、俺は言ってやったのよ」

ワハハ!!と、豪快に笑うおじさん。
わたしがバイトしていた、港の近くの喫茶店の常連客である。

店長とわたしはそのおじさんを勝手に「奈良さん」と呼んでいた。

奈良さんはだいたいランチタイムに来て、カルボナーラを注文するのだが、なぜかキメ顔で「カルボナラ。」と言う。
イントネーションがパラポネラみたいで初めてオーダーを受けたときは笑うのを我慢するので精一杯だった。

※パラポネラは南米にいるこわい蟻

Paraponera clavata はアリの一種である。ニカラグアからパラグアイまでの、湿潤な低地多雨林に生息する。刺されたときの痛みが激しいアリとして知られ、痛みが24時間続くことから24時間アリ(スペイン語 hormiga veinticuatro)[1]、その痛みが銃弾に撃たれたようなショックであることから弾丸アリ(英語 bullet ant)とも呼ばれる。

wikipediaより


3、4回目でようやく「カルボナラ。」にも慣れたのに、店長が、真面目な顔でプロレスについて語っていた直後、お使いメモに「リングネーム:カルボ・奈良」と書いてきたので、わたしは悶絶し、そこから奈良さんと呼ぶようになった。

呼び名のいきさつはともかく。

奈良さんは、定年してから、毎日朝早くから釣りをするのが日課だった。
奥さんを数年前に亡くし、娘さんは県外に嫁いでいて、地元で就職した息子さんと二人暮らしをしていると言っていた。

奈良さんが言うには、
「釣り仲間の奥さんが、オレオレ詐欺にひっかかって70万円も払ってしまった」のだという。

会社で横領をしてしまって、内密に処理したい……というような、まあ、聞いたことのあるような手口ではあった。

奈良さんは「何年も顔出さないから声も忘れちゃうわけさ~~。俺の息子は家にいるしな!それにしても、ころっと騙されるのがおかしいんだって、あり得ないでしょ!」と、しきりに騙されないアピールをしていた。

わたしは、忠告した。

「電話を通した声って、合成音なのであんまり区別つかないらしいですよ。名乗り、喋り方で脳が候補から絞り込んでるだけで」

わたしたちは、電話相手を「声」ではなく、番号や名乗りでほぼ判断しているのだ。耳で判断できる差異は、高い、低い、イントネーションくらい。
だから、似たような口調の親兄弟と間違えることあるでしょ?

奈良さんは被せ気味に「なーいないないない!違うでしょ、分かるって!絶対間違えないって!!」と言って、釣り第2ラウンドへ向かっていった。

その翌週。

いつも11時OPENぴったりに来る奈良さんが、月、火、水、木、と来なかった。

この店は土地をもてあました店長が道楽でやっているもので、料理はおいしくないし、コーヒーですら業務用の安い粉でおいしくない。
ランチタイムでさえ満席にならないのである。味よりも、店長の知り合いだとか、場所を気に入って来る常連さんのおかげで成り立っているようなものだ。

初日は「カルボ奈良、試合かなぁ」などと呑気に言っていた店長も、病気でもしたかな、なんともないといいけどな……としんみりし始めた金曜日。

ランチタイムの終わりごろ、奈良さんは神妙な面持ちで、いつもの釣り装備ではない格好でやってきた。

「いろいろあってねえ。今日も警察行ってきたのよ、昼食いそびれて腹減った……カルボナラお願い。パンもつけてくれる?」

今日も、警察!?

カルボナラの面白さがかき消されてしまう不穏なワードだ。わたしは即座にパンをトースターに突っ込み、店長が話の続きを聞き出すのを待った。

「警察ってどうしちゃったのよ、事故でもやったの?」店長が訊くと、

「いやぁ、うん、まあね、事故やったってな、息子がよぉ……いやいや、違ったんだけど、あれよ、詐欺でね」

いまいち分からなかった。
その後、バツが悪そうに事の経緯を語り始めた。

結論としては、奈良さんは、オレオレ詐欺にまんまとひっかかってしまったのである。

なんでも、週の始めに息子さんが出勤して間もなく、自宅に電話がきたらしい。詰まったような、泣いているような声で「俺、マサキ(仮名)……」と、本当の息子さんの名前を名乗ったそうだ。
そしてすぐに最寄りの警察を名乗る人に代わり、「奈良マサキさんのお父様ですか?◯◯署の✕✕ですが、息子さんが事故を起こしてしまいまして」

奈良さんは慌てて、どこですか、向かいます!と言ったそうだ。
警察を名乗る人物は、

・落ち着いて、家で電話を受けてほしい
・規制中なので来られても困る
・事故処理を急がなくてはならない


といったことを矢継ぎ早に話し、保険屋に代わると言ってまたさらに別の人物が電話口に出た。

保険屋(と名乗る人物)は、

・マサキさんの過失10割
・被害者は空港へ向かう途中の家族
・事故のせいで飛行機をキャンセルした
・車も動かないので行けなくなった
・ホテルなどもキャンセル手続きが必要

被害者ご家族がとてもお怒りで、マサキさんは事故処理の手続きが長く、パニックになっていて警察も困っている。代わりにお父さんに自宅で事務処理の電話を受けてほしいのでそこにいてほしい。

保険屋としては、詐欺などを防ぐために所定の手続きを行わないと金銭をすぐ支払うようなことはできない。
だが、一刻も早くホテルや飛行機の振り替えのために今すぐに約50万が必要である。

怪我などは特にないが通院は必要になるし、それも含めて本当はもっと多額の被害だが、そちらは保険がおり次第、こちらがどうにかできるので心配しないでほしい

飛行機などの緊急の分だけ、マサキさんは、父親に頼るしかないと言うので、申し訳ないが電話してもらった。警察の方にも電話に出てもらって申し訳なかった。
保険屋は、被害者家族の個人情報を守るために仲介しなければならず、不本意ながら今こうやって説明している。

なるほど、巧妙な詐欺だ。

・考える隙を与えず急がせる
・譲歩する
・責任の所在をずらす
・借りを作らせる

といった心理テクニックがふんだんにちりばめられた、劇場型の詐欺である。

今ほど振込のチェックが厳しくなかったのか、すり抜けたのかは分からないが、奈良さんは光の速さで言われた額を振り込んだそうだ。

振込確認後に再度折り返すと言われ、自宅で待ち続けたが一向に連絡が来ない、繋がらない。

しばらくして息子の携帯に電話すると、ちょうど昼休憩だったマサキさんが「どしたの〜?」と呑気に出たのだという。

「お前がどうしたんだよ!!って、俺、騙されてるのにそれでも気付かなくて、しばらく息子に怒鳴り散らしてね……」と、奈良さんはカウンターにめり込む勢いでうなだれていた。

「どうもね地域密着型みたいなグループなのかな、卒業アルバムとか名簿みたいなのがあって、名前も住所もわかった上で片っ端から電話かけるらしいんだよ……」

きちんと目星をつけた上で狙うのだろう。
むやみやたらにオレオレするよりも、効率的だ。

わたしがバイトを辞めるまでそれから1年以上はあったけれど、犯人グループが捕まったという話を奈良さんから聞くことはなかったし、奈良さんの被害自体も当時の新聞には載っていなかったと思う。

オレオレ詐欺にひっかかったことについては、まるで夢か何かだったかのように、その日以来一度も話題に上がらなかった。
奈良さんは、いつものように釣りの合間にやってきては、「カルボナラね」と注文し、他愛もない雑談をして帰っていった。

詐欺というのは日常的に発生していて、今日もどこかで誰かが騙し騙されているんだろう。

カルボナーラとオレオレ詐欺の思い出は、「まさか自分が」とか、「まさかあの人が」とか、そういった先入観をもたないように注意しなければ……と、わたしの気を引き締めてくれた。

誰しも、騙される可能性はあって、過信は禁物なのだ。

だが、奈良さんの事件から2ヶ月も経たないうちに「まさかあの人が!?」という詐欺事件がふたたび発生するので、詐欺は本当に奥が深い。


まさかあの人が、の話はこちら↓



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