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デジタルウェルビーイングとは? 定義と決定因子、事例を解説

12月9日、瞑想などを行うことができるヘルス・ウェルネス領域アプリ「Calm」の日本上陸が報じられました。

このようなウェルネスアプリ台頭の裏側には、人々のデジタルウェルビーイングへの関心の高さがあると考えられています。

人々にとって「良い状態」「健康な状態」「いきいきとした状態」、転じて広く「幸せ」を意味するウェルビーイング。なかでもデジタルウェルビーイングとは、今や私たちの生活と切っても切れないICT(情報通信技術)とウェルビーイングの関係を表す概念を指します。

本記事では、デジタルウェルビーイングの定義、そして、ラファエル・A・カルヴォ/ドリアン・ピーターズ著「ウェルビーイングの設計論 人がよりよく生きるための情報技術」を参考に、デジタルウェルビーイングの7つの決定因子を事例とともに紹介します。

デジタルウェルビーイングとは?

前述の通り、デジタルウェルビーイングの概念は広義にわたります。そのため、ここでは代表的なものを見ていきましょう。

【1】Googleのデジタルウェルビーイング

Googleは、デジタルウェルビーイングを「テクノロジーとの健全な関係を構築し、適切に管理しながらメリットを最大限に受けること」と定義。

テクノロジーを利用する際は、個人の「有意義な時間(Time Well Spent)」の定義に沿って利用習慣を見直し、利用状況をモニタリングする必要があると説いています。

ユーザーのデジタルウェルビーイング実現のため、Googleは2018年の開発者会議にて、Android OSの新機能「Digital Wellbeing」を発表。アプリの使用時間を把握できる「Dashboard」、使用時間を制限できる「App timer」、通知を非表示にできる「Do Not Disturbモード」などの機能を搭載。その後も次々と新機能が追加されています。

2019年にはデジタルウェルビーイングのプラットフォームを開設。これは開発者やデザイナーがアイデアや実験ツールを共有し、人々がテクノロジーとのより良いバランスを見つけるために役立つプラットフォームとのことです。

【2】WIREDのデジタルウェルビーイング

雑誌「WIRED」日本版は2019年3月、デジタルウェルビーイングを特集。

編集長の松島倫明氏は、デジタルウェルビーイングを「苦しみや不健康を修復・回復し、ネットやスマホに脳をハックされない有意義な時間(Time Well Spent)を取り戻すという一般的定義を超えて、テクノロジーによって増幅され、拡張されていく」ものと表現しています。

この特徴は、「修復・回復」にとどまらず、「増幅」「拡張」までおよぶという点。

これは、ウェルビーイングの考え方において重要なポイントでしょう。なぜなら、ウェルビーイングは医学的な幸せ(機能障害がない)にとどまらず、快楽的な幸せ(よく笑った、眠れた、嬉しかったなど)・持続的な幸せ(心身の潜在能力を発揮する、人生の意義を発見するなど)も含まれるからです。

WIREDが考えるデジタルウェルビーイングには、フェーズごとに以下のような活動・テクノロジーが含まれます。

修復・回復・・・睡眠、瞑想、有酸素運動、共感など
増幅・・・有意義な時間、共感覚、ウェアラブル 、5G、アルゴリズムなど
拡張・・・AI、VR、ロボット、トランスヒューマニズム、人工生命など

【3】日本が研究するデジタルウェルビーイング

国内プロジェクト「日本的Wellbeingを促進する情報技術のためのガイドラインの策定と普及」では、大阪大学准教授の安藤英由樹氏を中心に、日本独自のデジタルウェルビーイングを研究しています。

同プロジェクトでは、日本ならではのウェルビーイングを以下のように定めています。

自律性・・・ユーザーが自分のまわりの環境に対し、主体能動性を獲得できているかどうか
思いやり・・・自己のウェルビーイングのみならず、まわりの他者のそれにも寄与できるか
受け容れ・・・自律性と他者の存在が調和し、現在のポジティブ・ネガティブの双方を含む状況を受け容れられるか

【4】ポジティブ心理学からのデジタルウェルビーイング

「ポジティブ心理学」とは、著名な心理学者であるマーティン・セリグマン氏が提唱する心理学のこと。一般社団法人 日本ポジティブ心理学協会の公式Webサイトでは、

私たち一人ひとりの人生や、私たちの属する組織や社会のあり方が、本来あるべき正しい方向に向かう状態に注目し、そのような状態を構成する諸要素について科学的に検証・実証を試みる心理学の一領域である

と定義されています。わかりやすく説明すると、疾患のある状態を回復させるだけでなく、人々をより幸せにする、あるいは、才能をより高めることも目的に含めた科学的研究といえるでしょう。

そのような状態をデザインするための情報通信技術のことをポジティブ・コンピューティングと呼びます。その成果はHCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)、心理学、経済学などの尺度で測定されます。

デジタルウェルビーイングの決定因子

ここからは、前述のポジティブ・コンピューティングの考えをもとに、デジタルウェルビーイングの決定因子と事例を紹介します。

① ポジティブ感情

喜び、興味、自尊心、愛といったポジティブな感情を指し、快楽心理学、主観的ウェルビーイングの研究によって裏付けられています。

ポジティブ感情は、瞬間的な心地よさだけでなく、持続的な幸せのためにも重要です。心理学者のバーバラ・フレドリクソンによると、喜びは創造性、興味は探究・学習など、ポジティブ感情は意欲と因果関係があることがわかっています。また、後述の「心理的回復力」の向上にも影響します。

② 動機付け・没頭

動機付け、いわゆるモチベーションはウェルビーイングと深い関係にあり、自己決定理論(「自律性」「有能感」「関係性」を軸とする人間のモチベーションについての基本理論)によって裏付けられています。

動機付けから生まれた行動を継続するには、動機付けが報酬などの外的要因ではなく、内的要因(楽しい、好き、興味がある)によるものであること、そして、その行動に没頭する時間も必要です。

深い没頭にある状態を「フロー」と呼び、学習意欲や創造性、人間がより複雑な技能や能力を獲得していくために欠かせないプロセスと考えられています。

これらのデザインに有効なのはゲーミフィケーション(ゲームのメカニズムをゲーム以外の分野に応用すること)でしょう。特に、教育分野では、生徒のモチベーションを保つためにゲーミフィケーションツールが大きな役割を果たすと考えられています。

また、没頭・フローを妨げないためのテクノロジーとしては、前述のGoogleのウェルビーイング機能が挙げられるでしょう。

③ 自己への気づき

うつ病や不安障害の治療に使われる「認知行動療法」は、自分の思考・感情などに正しい“気づき”をもたらし、ストレスや不安に適応できる状態を作る心理療法のこと。1970年代後半から有効性が実証されており、自己への気づきはウェルビーイングにとって重要な因子であることを示しています。

この分野にテクノロジーが介入する場合、現段階ではオンライン治療がベストな手法だといえるでしょう。認知行動療法では、臨床心理士などの聞き手が患者の微妙なニュアンスを汲み取る必要があり、AIなどのテクノロジーにすべて委ねるのはまだ難しいといえます。

中国では新型コロナウイルスの発生を受け、医療従事者や国民に向けて、WeChat上でオンライン心理カウンセリングサービスを実施した事例も。これにはうつ病、不安症状、不眠症に対する認知行動療法も含まれました。

自己への気付きは、メンタル面の話だけではありません。バイタルデータや運動量なども重要な情報です。

Googleは、WHOや米国心臓協会(AHA)と共同で、日々の運動量やアクティビティを管理できるアプリ「Google Fit」を開発。健康増進の目安となる運動量「ハートポイント」をクリアすれば、心臓疾患リスクの減少、睡眠の向上、精神的な安定などを期待できます。

今後はIoTの普及によって、より手軽で高精度なセルフ・トラッキングが可能になるでしょう。

④ マインドフルネス

世界的なブームとなっているマインドフルネスは、意識を今に集中させ、自分の感情・思考を冷静に認識し、受け入れることを指します。

オックスフォード大学マインドフルネスセンターの研究者、ジンデル・シーガルらが開発した「マインドフルネス認知療法(MBCT)」は、イギリス政府が管轄する特別医療機構「NICE」において、うつ病予防に効果があるプログラムと認められたほどです。

マインドフルネスの実践法の1つに瞑想があります。瞑想は、脳の島皮質や前頭前野、つまり自己認識や感情調節に関わる領域に影響することがわかっており、ほかのウェルビーイング因子である「自己への気づき」「共感」を促します。

マインドフルネスを手軽に実践する方法には、冒頭で紹介した「Calm」を含むガイド付きアプリがあります。Calmは、Center for Humane Technology(元Googleデザイン倫理担当者のトリスタン・ハリスが創設したデジタルウェルビーイング団体)が20万人のAppleユーザーを対象に行った調査で、”最も幸福度を感じるアプリ”にも選ばれたことも。

また、Calm創設者が起案した「Moshi」も、子ども向けのマインドフルネスアプリとして人気。2020年4月には1200万ドルの資金調達を発表し、今後、睡眠専門家・科学者の協力のもとコンテンツを充実させていくとしています。

⑤ 心理的抵抗力・回復力

これは困難や苦境にあっても折れない心理的弾性を指し、心理学ではレジリエンスと呼ばれます。認知行動療法などをもとにレジリエンスを築くと、抑うつ状態が軽減されるだけでなく、精神的な成長に繋がるケースも。これを心的外傷後成長と呼びます。

心的外傷後成長には、人生の意義の発見、他者との交流、有能感の獲得といった持続的ウェルビーイングに関わるもの、ほかのウェルビーイング因子である「感謝」の増幅などがあります。現在、心理学者・カウンセラーなどによる研究・臨床実践が進んでいる分野です。

レジリエンスを高める有名な手法には「SuperBetter」というアプリがあります。これは、アプリの指示に従って行動することで、肉体的・感情的・精神的・社会的回復力を高め、一定の数をクリアすると次のステージに進むことができるというもの。開発者はジェーン・マゴニガル氏。SuperBetterの構想は、彼女自身が重度の脳震盪、そして自殺願望を乗り越えるために生まれたものでした。

SuperBetterは、ペンシルバニア大学のランダム化比較試験(比較研究法の1つ)、オハイオ州立大学ウェクスナー医療センターの臨床試験でも効果が実証され、学術誌「Brain Injury」「World Psychiatry」に掲載された実績もあります。

⑥ 共感

前項までは個人のウェルビーイング因子でしたが、共感は社会的因子。人とのつながりをもつために必要不可欠な要素です。共感が欠如すると、反社会性パーソナリティ障害などさまざまな精神疾患と関連があることがわかっています。

共感の要素には視点取得と代理感情があり、それを効果的に体験するためのテクノロジーはVRがあります。

学術誌「eNeuro」は2020年、一人称視点のVRは脳のネットワークを活性化し、仮想上と実在の体の感覚が同一化する(現実で起きていることかのように感じる)ことを発表。これを活用し、DV加害者など、共感障害を抱える人々の更生プログラムの開発に期待が寄せられています。

また、カナダのハルトン地域警察では、共感にもとづくVRプログラムを活用し、メンタルヘルス関連の電話対応を訓練しています。研修生はヘッドセットを使い、自閉症や統合失調症への対応、自殺防止のモジュールにアクセス。危機に頻している市民の立場を体験するとともに、そのような人々を安全に導く方法を学んでいます。

これらは社会実装の例ですが、インスブルック大学の社会心理学教授、トビアス・グレイトメヤーらの研究では、向社会的なゲームは他者への共感性を高めることがわかっています。共感性を育むようデザインされたVRゲームは、ウェルビーイングを促進する手法となるでしょう。

⑦ 思いやり・利他行動

進化論の提唱者チャールズ・ダーウィンは、思いやりのある人間で構成されるコミュニティはもっとも繁栄すると説きました。思いやりや、それを動機として行われる利他行動は、集団内外での協力を可能にし、進化に利益をもたらしうるためです。

このように、思いやり・利他行動は社会全体の利益につながるため、超個人のウェルビーイング因子と定義されています。

スタンフォード大学のバーチャル・ヒューマン・インタラクション研究所の研究によると、VR上で障害をもつアバターを経験したユーザーは、現実でも障害者の支援に意欲的になり、他者理解が促進されることがわかっています。

このような効果を踏まえ、同研究所はシリコンバレーの企業とともに、ダイバーシティ・トレーニングのソフトウェアを開発。学習者はVRで人種差別・セクシャルハラスメントのシナリオを体験することで、集団における他者への理解、適切な意思決定などをトレーニングできます。

以下は、同研究所が作成したVRプログラム「1000 Cut Journey」のトレーラー。このプログラムは、黒人男性のとして幼少期〜青年期を過ごすなかで、数々の人種差別に遭遇するという内容です。

思いやりに関する研究は発展途上であるものの、神経科医のオルガ・クリメッキらによると、思いやりのトレーニングはポジティブ感情に関わる脳領域を活性化させることがわかっています。

人々にとっての豊かさをデジタルによって実現していくデジタルトランスフォーメーション。さまざまなプロダクトやサービスを生み出すうえで、デジタルウェルビーイングの研究は大きなヒントになるかもしれません。


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