見出し画像

サブカル大蔵経841酒井順子『オリーブの罠』(講談社現代新書)

読みながら、酒井順子の代表作だと感じました。酒井さんに書かれるのを待っていたというか、介錯してもらうのを待っていたというか…。

実は男性である私も同じ影響下にあったことが判明して、何か人生を取り返したくなるような、でも、これで良かったんだと慰められるような、悪夢のような、サブカルの墓標のような一冊。

結婚が第一目標の赤文字系雑誌に対して、オリーブには卒業が用意されていませんでした。p.225

 オリーブ的な人生に乾杯。合掌。

画像1

ページを開ければ、「オリーブ少女は花嫁衣装を夢見て走れ!」「お嫁さんに行く日は、『宝もの』いっぱい詰めて」「少女の『思い出』はお嫁さんになる日のための玉手箱。」といった、ふわふわした言葉や写真がいっぱい。/そこには「かわいくておしゃれなお嫁さんになるの」という夢はいっぱい詰まっていますが、結婚の現実面は一切、出てきません。p.57

 キャプションの力強さ。「かわいい」と「憧れ」の二大価値観の萌芽。

「オリーブ少女は花嫁衣装を夢見て走れ!」というのは、ウエディングドレスっぽい白いドレスの数々を金髪の外国人少女モデルが着ているファッションページのキャプションなのですが、そこにはお婿さんたるべき異性の姿すら出てこない。p.57

 異性がいない…!

この結婚特集は何かを暗示しているような気がしてならない私。すなわち、「人生、あらゆる場面でおしゃれにしていたい」と思うあまり、生々しい生き物である男性との縁を深めると言う現実的な面で遅れをとりがち、というオリーブ少女の気質は、この辺りから既に見えているのではないか。「オリーブ」はこの後非モテの道を突っ走っていくのでした。p.57

 異性がいらない。これはオタク的にも親近感のあるフレーズです。興味あるけど、興味のないふりをするというか。

そして…。

オリーブ少女は、やがて「いつまでも少女でいたい」という願望を抱いてしまうことに、この頃の私たちはまだ気づいていません。p.69

 実は私の周りの同世代にはたくさんいるのではないだろうか?そして自分も。

 思えば私は『うる星やつら』の〈永遠の鬼ごっこ〉に取り憑かれていました。

栗尾さんはそんな魔法から覚めて力士と結婚したわけですが、未だ魔法から覚めていない人もいるのです。p.103

 オリーブ読モと若乃花!魔法が覚めるのか、逆に覚めたくないと思わせたか。

とにかく何事もやり過ぎって言う感じがダサいと持っていました、心から。(元慶応オリーブ少女)p.116

 ananの過剰とオリーブのナチュラル。しかし実はananこそナチュラルで、オリーブこそ過剰だった…のか?

「ときには、お小遣いを全部花に使って、贅沢な気分。」「いつか一人暮らしをして、自分の好きなものだけ好きなものにだけ囲まれて生活したい」当時のオリーブ少女にとって共通した野望だったのではないでしょうか。p.136

 なぜ女子は雑貨が好きなのか?この野望が、現在も続く雑貨ブームなのかもしれません。「断捨離」や「こんまり」の〈好きな部屋〉の呪いはオリーブ発祥なのでしょうか?

「オリーブ」でははっきりしたテーマを提示したコスプレ的ファッションページがよく見られたものです。「チロルの少女上手に真似したい」「この冬はカントリーガールに憧れます」「インディアンのおしゃれ心、ちょっぴりいただき」と言うページが連続していたりして、万博のパビリオン巡りのよう。p.151

 このキャプションの選び方に酒井順子の真骨頂を感じました。今見ると滑稽極まりないけど、当時の〈オリーブ思想〉は。

「ギャルズライフ」が堕胎特集をしている一方で、同年代を読者対象とした「オリーブ」は「人形や妖精になりましょう」と少女に語りかける。その差は大きいわけですが「ギャルズライフ」的世界が紛う方なき現実だったからこそ、「オリーブ」は非現実の道を突っ走ったと言うこともできます。p.180

 しかし実はギャルズライフで育った読者ほどロマンチックだったりもするような。私も一度「egg」を読んだことがあるのですが、ガングロたちの逞しさに衝撃を受けながら、そこに秘めた乙女心が同居しているような印象を受けました。

ちなみに、「オリーブ」と「ギャルズライフ」の女性誌対比は、男性だと「サンデー」と「チャンピオン」の漫画誌対比ぐらいだろうか…。男子はどっちに転んでも非現実的だ…。

次第に「オリーブ」は男の子までファッションにおいて敵視するようになってきたのです。例えば第86号1986年3月3日号。特集はズバリ、「男の子が、羨ましがる私のおしゃれ!」というもの。男の子におしゃれで勝つ、と言う宣言です。p.188

 敵を作らないと成り立たない。実は武闘派オリーブ。

以下、オリーブ男子へのインタビュー。

バスに乗って日比谷のシャンテシネにヴェンダースの映画とか見に行ってました。自家用車はポパイの世界の乗り物。ヴェンダースを見るためにバスに乗ってる自分がもうオリーブ的世界に入ってるなって(笑)p.197

 車はポパイ、バスはオリーブ!酒井順子は乗り鉄としても有名ですが、非自動車というのが、オリーブ的と言えるとは。オリーブ、恐るべし。

ある時オリーブ少女が好みだと言う話をしていたら、ある人から「でもそれってただの不思議ちゃんだろ」と言われたんです。その瞬間にコペルニクス的な気づきがあって、俺不思議ちゃんのために人生を捧げてきたのかって。p.199

 「不思議ちゃん」!!…私はいつ目が覚めたのだろう?いや、覚めてないのかも。

みんな玄米が好きだから、玄米トリオって自分たちのこと呼んでるの。/オリーブは基本的に反原発の立場です。p.208.211

 「通販生活」は「オリーブ」の後継者だったのか…。

この記事が参加している募集

読書感想文

本を買って読みます。