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サブカル大蔵経963水道橋博士『藝人春秋Diary』(スモール出版)

2021年の正月から始動した水道橋博士のnoteで毎日愛読してきた藝人春秋シリーズ最新作が単行本化されました。思えばこの一年間、私が毎日伴走してきたのは博士のnoteだけでした。感慨深い出版でしたが、あらためてこの『Diary』が、四作目にしてなぜ文藝春秋から出版されなかったか、読むうちに、それが気になり出しました。北野誠さんのラジオ出演時は、大量のページ数、二作目以降の売れ行き不振、昨今のシビアな出版事情などを挙げていましたがそれが本当の理由だったのでしょうか。

先日、博士も絶賛した柳澤健『2016年の週刊文春』(光文社)を読んで、文藝春秋の姿勢を知りました。作家を囲わない、アマチュアイズム、親しき中にもスキャンダル、そして、その連載で田中角栄首相を退陣させた立花隆の連載を打ち切ったこと。そして、さらに驚いたのが、真のジャーナリズムは出版社を変えて世に出されるという出版人の情熱と連携。だから、さまざまな事情の中で出版社が変わるのは前例のないことではなかったことがわかりました。

しかし『Diary』を読むと、吉岡里帆や小倉智昭などの項で、外見を直接的に書きすぎた箇所もあるように感じられました。ここが、博士が炎上するところなのかも。誤解ではなく、繰り返される因果というか。

さまざまな番組の対談おいて、隙あらば「だけども」と話をさえぎりがちな博士。相手の話を聞くというより、ギリギリ直前まで自分が調べたことを確かめるために対談している姿。それは相手への敬意というより命を削る不器用な職人の姿にも映ります。以前は、異分野の扱いづらい人物を見事に解放させ、世に送り出してきた博士。本書で印象に残ったのは、本筋ではないですが、オアシズ大久保との会話シーン。『男の星座』の筆致を思い出させました。あの軽妙さが読みたい。博士の真骨頂、怪獣を転がし続けてほしかった。週刊文春連載という『藝人春秋』を経て、博士自身が怪獣になってしまったのかもしれません。

分厚い箱のような本書は、バラエティ溢れる弁当箱か、読者を変容させる玉手箱か、希望が残ったパンドラの匣なのか。

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「あれ、松本は『まったく気にしてない』って言うてたよ。ただ一点だけ、なぜ博士は普段は『松本さん』と呼ぶのに、あの時だけ『松本人志』と呼び捨てだったのか、そこは気になったみたいョ」とのこと。p.274

 この〈放送作家〉さんの言葉のくだりが最も印象的というか、怖かった肉声です。

「ぶっちゃあ!よし、オレも野球チームを作ろう!』って言われて。p.371

 軍団創設のきっかけを作ったぶっちゃあさん。本書の中でも圧巻。『2016年の週刊文春』でも述べられていましたが、著名人を囲うよりも、無名の市井の人の言葉を集めるのが文春イズムだとすれば、本書の中で無名に近いぶっちゃあの項が最も文春イズムを体現していたように感じました。

イマジン!想像してごらん!ジョンと裕也がカミさんの苦労話で意気投合する世界をー。p.508

デンジャラス・ジラフとオノヨーコ。これはもう、〈芸能界プロレススーパースター列伝〉です。博士はこういう他が触らない強豪と番組で対応してきた唯一無二の人。早くテレビでその姿がまた見たいです。


…と、ここまで書いてアップしようと思った矢先、松井一郎大阪市長のツイートにより、博士の環境が一変してしまいました。

私の父は反原発運動をしていた時、通りがかりの人に「非国民!」と言われました。原発は国なんだと。権力に睨まれた時の、当事者しか解らないであろう恐怖と怒り。消されない為にとにかく観察記録する博士のルポライター魂が爆発しました。シリーズで描かれてきた積年のルサンチマンであり、義憤。今までの諸々の出来事や取材は、この状況のための長い前振りだったのかと思うくらい。雌伏から一変矢面に立つ代弁者か、生贄となってしまいました。

しかし、長年見守ってきたファンほど、「博士、落ち着いて!」と心配したくなります。Twitterを見ると、博士も相手と同じように攻撃的になったり、言葉も汚くなったり、偉そうになってしまっています。〈わかっています〉という言葉が出るほどわかっていない感じが放射されています。博士の運転手も勤める大阪出身の後輩藝人三木さんがギリギリで呻いたnoteは届いたのでしょうか。

博士の境遇をメディアはスルー状態で、唯一、伯山先生がチラッとラジオで触れたくらい。もはや、この騒動をTwitterや町山智浩さんとの関係も含めて語れるのは、以前炎上した博士を教授したロマン優光さんしかいないと思います。それを吉田豪さんがリツイートするのをずっと待っています。

それか、相方の待つ「KAMINOGE」の変態座談会登場なら最高!おぼんこぼん、錦鯉の次は、元祖浅草キッドを表紙に!それか、週プロを辞めさせられた落武者ターザン山本を舞台に上げた博士を、今度は逆の立場でターザン連載に乱入させたいです。ターザンを正当に蘇らせた井上編集長ならブッキングしてくれないかな…!博士の還る場所はTwitterやツイキャスではなく、戦友のいる現場だと勝手に思いたいです。


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