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サブカル大蔵経787島尾敏雄『死の棘』(新潮文庫)

第三の新人世代、島尾敏雄の『死の棘』。

だいぶ前に買いながら、今回漸く読むことができました。

長い。ジャンプの漫画のように、本来短編でいいくらいなのに、長編にしたことで、異様な迫力のあるサーガとなったような。

帯の表裏とも、梯久美子の評伝『狂う人』の宣伝で占められていました。

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本書を読み終わり、すぐ注文しました。何か謎めいた本なので、考察本が読みたくなりました。どこか芝居がかった描写、子供たちの台詞、ミホの精神状況の不安定さと冷静さ。書けば書くほど、書いていないところがあるんだろうなと感じさせます。病院編まで到達すると、柳沢きみお『形式結婚』を思い出しました。

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「あなたはどこまで恥知らずなのでしょう。あたしの名前が平気でよべるの。あなたさま、と言いなさい」「あなたさま、どうしても死ぬつもりか」p.8

 冒頭のこのやりとり、コントの気配が…

「おかあさんがアクビをした。終わった終わったもう終わった!カテイノジジョウが終わったんだ」p.95

 子供たちが喜ぶ。アクビは舞台の終了。

「おとうさんのこと、ぼうや、もうあきちゃった。ほんとのこと、言っちゃった」p.118

 父親に向けられたこの息子の台詞、実は何かこの世の全てに向けて発せられたような異様さも感じました。この子供たちが終始気味悪い。

きちがいを装うことを私は覚えてきた。p.121

 妻を一時的にでも正気に戻す方策。泥酔した人を見て酔いが覚めるような感覚。しかし島尾敏雄はどこまでがリアルでどこまでが装いなのかわからなくなってきます。

「あなたはこのごろ、あたしを脅迫するようなことを言うようになったのね。」p.157

 志賀直哉の「痴情」とほぼ同じセリフ。しかしその展開は異なる。いったいどちらが本当はおさまっているのか?

「こわいよう、こわいよう。手錠はめられるう!助けてください、手錠をはめられるう!」

『ドラえもん』以外でこのセリフ回し初めて見た。それか『漂流教室』の関谷か?

ちょっと発作の目つきになっているので、ひやりとして、「それはなんのまねだ。伸一、おまえまでそんなまねをしてみせるのか。」p.398

 息子へ連鎖する恐怖は、現代のホラー映画でも描かれそう。

「何がこわいものか。こわいのは見ないうちなんだ。いつやって来るか、いつやって来るかと考えているときのほうがずっとこわい。やって来てみれば、どんなにくだらないものか、はっきりしたろう。ちっともこわくないじゃないか。」p.529

 私もこれが〈答え〉と思っていました。二人にとってその女性が肥大化していく。

「こんど来たら、ほんとうに殺してしまう。だって精神病者は罪にならないでしょ」p.530

 ふと冷静なミホに驚く。ずっと鋭い。

すると道を歩くときも、電車に乗ったときも、からだがふくらんで羽ばたくような自由がどっとばかり感じられてきたのだ。p.608

 妻も子供も愛人もいない一人こそが。


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