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再開発地区の片隅で食べる焼き鯖寿司

 雨上がりの青空が広がる大通りを、ターミナル駅へ急いでいた。空には飛行船型のアドバルーンが浮かび、威圧的な太文字で大書された『空と陸の競演! 空弁対駅弁』なる広告をぶら下げている。アドバルーンを見かけるのは久しぶりとか、そんなことを思いつつ、点滅し始めた信号を駆け足で渡った。

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 既に待ち合わせの時間は過ぎている。駅ビルへ走り込むと、ごった返す買い物客をかき分け、エレベータ前の人混みをかわし、エスカレータをいそいそと登った。
 待ち合わせはほとんど最上階の催事場だったが、これほどの混雑で、漫然とエレベータを待つよりマシだろう。それにしても、今日はやけに人が多かった。海辺の町から彼女が俺の部屋へ来るのだが、先に駅ビルの駅弁空弁市へ寄って昼食という約束になっている。ただ、お目当ては豪華寝台列車ランチや、ファーストクラス機内食だった。
 待ち合わせ場所の催事場が見えてくるが、人混みで見通しがきかない。
 なんてこった……。
 とりあえず、メッセでもチェックしようとしたら『接続しています』表示で砂時計が回り始め、ためいきとともに端末をしまう。こらあかん、電波まで混んでいやがる。やむを得ず、多少でも混雑を避けようと物販レジの影へ逃げたら、頭半分ほど突き出た栗色のショートカットが目に留まった。もしやと思って近寄ると、うんざりした顔の彼女と鉢合わせ。
 はじめての時とはうってかわってフェミニンな淡藤のレースワンピだが、底がやや厚めのジップスニーカが脚の長さを強調しているのは同じだった。そして、生足がやけに眩しく、ストールで隠しながらもレースの向こうにすけて見える濃紺の下着が過剰にセクシーなのは、これからのひとときを期待させてくれる。
「ごめん、待った?」
「うん、ちょっとね。この人混みだし、会えないかと思った……携帯もつながらなくて、もう大変」
「すごい人だけど、なにがあったんだろう」
「けさテレビで放送されたの」
「テレビってすごいね」
「ね! とりあえず、あたりをみようか」
 催事場の正面へ戻ると、行列は階段から階下まで伸びている。いつの間にか設置されていたホワイトボードには『食堂車コーナー90分待ち』や『ファーストクラスランチ60分待ち』などの殴り書きが見え、なんとも言えない気分で互いに顔を見合った。追い打ちを掛けるように『空・駅カレー食べ比べは限定数に達しました!』とスタッフの声がが響き、即座にいっさいがっさい諦めた。

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