見出し画像

楽園はまだ遠く(4)

 スリランカにはインドから、仏教の伝来とともにアーユルヴェーダも伝わったと言われていて、正式に医療として認められている。外貨獲得の有効な手段なのだろう、外国人向けの宿泊とアーユルヴェーダを組み合わせたプランなどもあるが、「治療」なので、最短でも一週間ほどから。なのでわたしの今回の滞在では短すぎて選べなかった。それでもせっかくなので、ホテルのスパへ行き2日間のオイルマッサージのコースを受けることにする。

 サウナから始まり、ハーブでのスクラブのあとマッサージ。日本のサービスに比べるとおおらかで、シャワーなど部屋の外で簡単に目隠しがあるだけの場所で浴びるのだが、それもまた気持ちがいい。筋肉がだんだんと緩んでいくのがよく分かる。自分の身体と世界との境界が曖昧になり、鎧のように身体にまとわりついていたなにかがゆるゆると溶けていく。
 
 こうして旅に出ると、普段どれだけ仕事のために生きているかが改めてよく分かる。休みでさえ基本的には次の仕事のためへの調整だし、頭は常に、次の仕事のことを考えている。飲み過ぎないように、疲れすぎないように、きちんと頭が働くように。そのぶん、こうして飛行機に乗ってどこか別の場所に来て、何も考えずに身体とだけ向き合う時間がじわじわと身にしみる。
 それでも、贅沢さえしなければ、ふと思い立ちこうして来たいところに来られる、その自由があるのも一方で仕事のおかげで、人に仕える不自由さとこの自由のバランス、それが保てるうちはこうして生きていくのも悪くないのかもしれない。いや、基本的にはわたしは臆病で、今まで積み上げてきてやっとここまで来た、それを手放すのが怖いだけなのかもしれないけれど。極端な話、質素で、精神的に豊かな生活に舵を切れる自信がまだない。

 ハーブの香りと、オイルで肌がすっかりやわらかくなり、ついでに頭までぼんやりとして服を着て砂浜に出る。プールサイドではロシア語だろうか、わたしの知らない言葉を話す家族が楽しそうに盛大に水しぶきを上げている。向こうで、白い肌を盛大に焼いているのはおそらくイギリスの人たち。今年の夏は暑かったそうだけれど、それでも、あの国から来たらこの太陽は、神様からのプレゼントに思えるに違いない。
 
 日がほんの少し傾き始めた。気づけばお腹が空いていて、ビールとサラダを頼む。ビールはセイロンブルワリーのライオンラガー。サラダにはコリアンダーが盛大に乗っていた。
 明るいうちに飲むビールはなんでこんなに美味しいんだろう。ビールのボトルのライオンがこちらを見ている。日が沈むまでに、もうひと泳ぎできるかもしれない。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?