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大谷翔平から考える日銀利上げとYCCの仕組み

今朝の日経新聞を見ると、
「賃上げ拡大で17年ぶり利上げ」と書かれていた。

「ああ、またか」と、僕は思う。
日銀政策決定会合の正式な決定は18日の昼頃のはずなのに、すでに決定したかのように日経新聞に掲載されている。おそらく、事前に情報がリークされたのだろう。
いきなり発表して市場を驚かせないように、新聞で高い可能性を示しておくのは、「日銀あるある」だ。

僕が証券会社で日本国債のトレーディングをしていたとき、金融市場の動きや関連ニュースを齧り付くようにみていた。その中でも一番注目していたのは、この日銀決定会合だ。
何もない場合、つまり金融政策に変更がない場合は、会合はさっさと終了して、正午前後に結果が発表されることが多い。ところが、変更がある場合は、その内容についても協議する必要があるから、終了時刻はずれこむ。12時半になって、午後の先物市場がオープンするころには、僕らみたいなトレーダーはそわそわし始めるのだ。
「あれ、今日、遅くねえ?何かある?」
そして1時過ぎても発表がないと、確信が徐々に強くなる。
「今回、きっと緩和を強めるんや。間違いあらへん」と、周りのトレーダーたちと話しながら、国債先物を買い始めたりするのだ。
冗談のように聞こえるかもしれないが、市場参加者たちは日銀決定会合の発表時間について真面目に分析したりしている。その証拠に2018年のニュース記事にこんな記載がある。
「2013年春に黒田東彦総裁が就任して以降、金融政策決定会合の結果公表時刻の平均は12時18分となっている」
https://moneyworld.jp/news/06_00016712_news
発表時間が遅れただけでも敏感に反応するのに、発表される内容が17年ぶりの利上げとなると、金融市場へのインパクトも大きく過敏に動いてしまう可能性がある。
そうならないために、事前に新聞などを通じて匂わせているのかもしれない(今回のケースは匂わせるどころではなく、決定しているかのような論調だ)。土曜の朝刊であれば、すでに金融市場は閉まっており(時差の関係で、海外の為替市場はかろうじて開いているが)、過敏に反応することもないので、市場参加者たちが土日にゆっくりと考えてから月曜日に開く市場に備えることができるということだろうか。

この日経新聞のリーク記事によると、日銀は二つのことを行うそうだ。
一つは利上げを行うこと。今日から明日まで1日だけ、銀行同士がお金を貸し借りするときの金利(この金利が日本における政策金利になっている)を引き上げるということだ。例えば、この政策金利が0.5%に上がると、1億円借りた銀行は1369円利息を支払うことになる(1億*0.5%*1/365=1369)。基本的には、日本銀行はこの1日だけの金利をコントロールしている。
ところが、大規模緩和が始まってからは、10年など長期の金利も操作するようになったのだ。いわゆるイールドカーブコントロール、YCCと呼ばれている政策で、日銀が特定の長期金利を目標に設定し、それを維持するために国債を買い続ける政策だ。
彼らが行うと言われている二つ目の施策が、このYCCの撤廃だ。この小難しい言葉が何を意味するのか、そしてどんなことが起きるのかを書こうと思う。そんなに難しい話ではない。野球の観客席の売り方が変わるようなものだ。

先日、大谷翔平の結婚相手の写真が、ドジャースの公式サイトにアップされて話題になっていたが、大谷の移籍によってドジャースの観戦チケットが飛ぶように売れているらしい。その売り上げはヤンキースを抜いて全球団で1位になったそうだ。観戦チケットをどうやって売るかは球団にとっての至上命題である。
5万席ほどあるドジャースタジアムでのチケットには大きく分けて2種類ある。1試合ごとに売り出される一般的なチケットと、1年分のシートを確保して観戦し続けることができるシーズンチケットだ。
ドジャースとしては、1年分のシーズンチケットを5万シート分売れれば、チケット販売に気を煩わせることがないのだが、そんなにシーズンチケットを売ることもできない。また、今日だけ試合を観戦したいと思う人もいるだろうから、1日分のチケットも用意している。
金利の話もこれに似ている。金利と言っても、預金金利から、住宅金利、カードのリボ払いの金利など様々あるが、基準となっている金利は、日本で一番信用力の高い日本政府が発行する国債の金利である(政府に対して貸すときに金利)。例えば、政府に対して2%で貸せるときに、住宅ローンを組んでいる人には、1%で貸すことは起こり得ない。
さて、現在、政府は約1000兆円の国債を発行している。先ほどのドジャースの話に当てはめると、1兆円のシートを1000シート売っているようなものだ。ドジャースのチケットでは、1日券と1年券があったが、国債(短期証券とよばれるものも含める)には、3ヶ月券や1年券さらには、10年や40年の券も存在している。
3ヶ月券しかなければ、1000兆円もの大金を3ヶ月ごとに政府は借り換えないといけなくなるので、長期の10年券などが存在する。
政府としては、最長の40年券を1000兆円分売ることができれば40年間、返済や借り換えに悩むことはないのだが、ドジャースのシーズンチケットの話と同様に、そんなに大量に売り捌くことはできない。そのため、3ヶ月から40年までの様々なチケットが売られているのである。
チケットを保有している人には何かしらの特典がある。ドジャースのチケットでは野球が観戦できるように、国債というチケットを購入すると保有している間は利息がもらえる(最後にはもちろん元本が返還される)。10年や40年など期間の長いチケットの利息、いわゆる長期金利をこれまで押さえ込んでいたのが、YCCと呼ばれる日銀のチケット購入である。10年国債の利息を1%に設定しても、チケットが売れなければ、政府としては1.5%、2%に引き上げる必要がある。ところが、YCCが導入されている現在では「1%超えたら、僕がチケットを無制限に買うよ」と日銀が言ってくれるのだ。だから、政府は高い金利を支払わずにすんだ。
それが、今回、撤廃されて、日銀が買わなくなると、長期金利がかなり上昇するのではないかという懸念の声が出ている。国債の発行量が多すぎて、銀行が買えなくなるという声もある。

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