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「ツバキ文具店」を読めば、きっと何かを綴りたくなる

私が文具を文章で紹介するなかで、憧れている小説がある。小川糸さん著書の『ツバキ文具店』だ。

主人公の鳩子は、鎌倉の小さな文具店を開きながら代筆屋を営んでいる。鳩子の周りをとりまく優しい人々と、おだやかに流れていく日常。代筆屋として依頼者の人生の岐路に伴走し、時に悩みながら成長していくのだ。

※この感想文は物語の本文を一部引用しています。物語の結末につながる直接的なネタバレはありませんが、まっさらな気持ちで『ツバキ文具店』を読んでみたい方は、ブラウザバックしてください。

「手書きの文字」だからこそ味わえるもの

物語を読み進めると、鳩子が代筆した手紙が載っている。(実際に担当しているのは萱谷恵子さん)老若男女、さまざまな依頼内容に合わせた、文字、文面、便箋……物語と併せて読むことで、より『ツバキ文具店』の世界観に入り込めるのだ。

悩みに悩んだ末、自分で手紙を書くことを諦め、鳩子に託した依頼者。その願いに答えるべく、依頼者に寄り添って書いた手書きの文字は、読むたびにこちらに語りかけてくるようだ。

LINEやSNSのやり取りは、相手に素早く伝えられて便利である。だけど、「手書きの文字」だからこそ味わえる、想いや温度感にあらためて気付かされるのだ。

ペンを握り、文字を綴っているような気分に

鳩子は、代筆の依頼者のイメージや依頼内容に合わせて文具を選ぶ。その文具を表す表現の豊かさに、私は引き込まれていった。例えば、ガラスペンについて書かれた文章がある。

鋭く尖ったペン先が、かりかりと独特な音を囁きながら、セピア色の言葉を紡いでいく。
ペン先は、予想以上になめらかに滑った。
表面のレイドにひっかかることもなく、まるで、朝陽の当たる氷の上を気持ちよくスケートするようだった。

ツバキ文具店(p.95)/小川糸著

(レイド=しま。紙の製造過程上でできる凹凸。)

この文章を読んで、私はみずみずしい透明感のあるガラスペンが、すらすらと紙の上で踊る情景が思い浮かんだ。

まるでガラスペンを握り、文章を綴っているような気分になる。もしくは、ガラスペンを使ったことがない方は、一度ガラスペンを手に取ってみたくなるような文章ではないだろうか。

野暮なことだが、比喩表現の部分を削ぎ落とすと以下のようになる。

尖ったペン先が、かりかりと音を立て、セピア色の文字を綴っている。
紙の表面の凹凸にひっかかることもなく、ペン先は予想以上になめらかに書けた。

この文章は「ガラスペンは予想以上に滑らかに書ける」ことがシンプルに伝わる。しかし、引用した文書のように「ガラスペンを使ってみたい!」とワクワクした思いは湧き上がらないだろう。

私が普段書いているWeb上の文章は、ロジカルに情報を伝えるのが良しとされる。理由は、Webは情報をコンパクトに、素早く得たい人が読むものだからだ。小説とは文章の組み立て方が違う。

ただ、個人のnoteでは、『ツバキ文具店』のような実際の使用シーンが浮かぶような文章を書いてみたくなった。私が心動かされたように、文具を使う空気や温度感を文章で伝えてみたいのだ。

きっとあなたも何かを綴りたくなる

手紙を書くためには、本文を考える以外にたくさんの工程がある。便箋を選ぶ、筆記具を選ぶ、切手を選ぶ……その一つひとつが、相手を想う気持ちで形作られてゆく。

「手紙を書くこと」への豊かな表現が、ページをめくるたびに出会える『ツバキ文具店』。読み始めたら、あなたもきっと何かを綴りたくなるだろう。

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文具マガジンやっています。文具レビューの他に、文具を通したライフスタイルについても語っています。

個人メディア「杉浦文具店」として伝えたいこと。


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