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発表!夏目漱石『坑夫』に出て来るまずい食べ物ワースト3

夏目漱石の『坑夫』が面白い!漱石作品の中では異色と言われているようだ。たしかにあまり名前を聞かないイメージはあり、私もこの年になって初めて手に取ったのだがあまりに面白い。
色々あって東京を逃げてきた若者が長蔵という男に勧誘され坑夫になる決心をする。長々歩いて坑山に行くも、気管支炎があるので坑夫はさせられないということになり、飯場の帳附を5ヶ月やったのちまた東京に帰った。という話で、とにかく主人公の体験が面白い。また冒頭の「松原と云うものは絵で見たよりも余っ程長いもんだ。何時まで行っても松ばかり生えていて一向要領を得ない」という文章をはじめ、書き振りにはいかにも漱石らしい魅力がある。
しかし私がこの作品を読んで何より心に残ったのは、出て来る食べ物のみんなまずそうなところだった。このまずそうな食べ物を紹介する。

第3位「山を越す前に食べた芋」
坑山を目指す主人公たち一行は、その道中にある山を越す前に空腹を満たすため芋を食べる。この芋が実にまずそうなのである。まず芋を売っているのが「殆ど名状しがたい位に真黒になった芋屋」で、当然出て来るのはホクホクしたおいしそうな芋ではない。「赤くって、黒くって、瘠せていて、湿っぽそうで、それで所々皮が剥げて、剥げた中から緑青を吹いた様な味が出ている」「一目惨憺たるこの芋の光景」「芋中の××とも云わるべきこの御薩」と散々な有様の芋なのである。××の部分は岩波文庫でなら伏せ字でなく読めるので確認してみてほしい。

第2位「南京米」
主人公は坑山に着いて、飯場で初めての食事をとる。この時に出てきた米はつるつると箸を落ちてなかなかすくえない。茶碗を口につけてかっこむと、「舌三寸の上だけへ魂が宿ったと思う位に変な味がした。飯とは無論受取れない。全く壁土である。この壁土が唾液に和けて、口一杯に広がった時の心持は云うに云われなかった」。他の坑夫たちに馬鹿にされながら食べているというシチュエーションも相まって、最悪の食事だと思う。

第1位「茶店の揚饅頭」
物語の冒頭、主人公は道で行き合った長蔵という男に、儲かる仕事があるからやらないかと勧誘される。二人は茶店に入って話をすることになるのだが、主人公はこの店にある揚饅頭が食べたくなる。しかしよく見ると恐ろしく蝿がたかっている。茶店のかみさんは「御饅頭を上がんなさるかね。まだ新しい。一昨日揚げたばかりだから」と言うが、現代人の感覚としては「一昨日揚げて常温で放置して大量の蝿がたかってた饅頭!?」とこの時点でドン引きしてしまう。これを主人公が食べてみると「油の味が舌の上へ流れ出したと思う間もなく、その中から苦い餡が卒然として味覚を冒して」くる。長蔵がすごい勢いで饅頭を食べていくので競争の様な気にもなり、主人公たちはこの不潔でうまくもない饅頭を3皿も平らげる。まずいのに次々食べてしまうところがいっそう不気味だ。主人公はこの3つの中では南京米がいちばんまずかったようなのだが、私にはこの汚くて苦い揚げ饅頭がいちばん印象的だった。

漱石の文体を味わいたい人、明治の坑夫の様子を知りたい人、そしてまずい食べ物の描写を存分に味わいたい人におすすめ!青空文庫でも読めます。みんな漱石の『坑夫』を読もう!

※この記事では岩波文庫の『坑夫』を参考にしました。

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