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【短編小説】動画マニュアルを作れ!

動画マニュアル、ですか?」

「ああ、そうだ」

四十代前半の生産技術社員は、初め上司から言われたことがピンと来なかった。

「近年、技術の継承が危ぶまれていてな。現場はほとんど海外なうえに、日本と違って育った技術者はすぐに辞めていく。それで技術者の育成が急務なんだが、出張も控えねばならん時代だ。だから、紙のマニュアルではなく動画でマニュアルを作成し、それを使うことで出張時と変わらないぐらいの質を確保しようっていうのが狙いだ」

「はあ・・・、そうですか」

(技術の継承が危ういのは、日本もなんですけどね)

そう思ったが、それを口に出す事はない。言っても、「じゃあ対策を考えろ」と自分に返ってくるだけだからだ。
 
「あまり、そういうのやったことないんですけどねぇ」

彼にとって動画作りというものは、YouTuberなど一部の限られた人がやる事だと思っており、IT機器に疎い彼は上手く作れる自信がなかった。

「それは俺も同じだ。なあに、お前のチームには若手もいるし、若い奴なら上手くやれるだろう。ということで頼んだぞ。出来たら知らせてくれ。」

丸投げした後、上司は次の会議へと足早に去っていった。
 
その後どう対応すべきかチーム内で打ち合わせしたところ、なんと一人が手を挙げて立候補した。

「自分、こういうのやってみたいっス」

体育会系の喋り方をする彼は入社三年目の若手で、確か趣味でSNSをやっていたと記憶していた。

(そういう人なら得意かもしれない)

「そうか。じゃあ頼むよ。一旦、納期は二週間後で頼む」

こうして三年目の若手に動画マニュアル作成を依頼したのだった。
 
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そして二週間後。若手は誇らしげな顔をして、自分のところにやって来た。

「先輩、例の動画出来たっス。自信作なので期待してくださいっス」

そう言って手渡してきたのは、一本のUSBメモリー。

「わかった、ありがとう。今は手が離せないから、後で確認するよ」

こうして手すきの時間に確認したのだが・・・
 
USBメモリーを差し、動画ファイルをクリックする。ファイル名は、

漢(おとこ)の研削作業 ~日本より愛を込めて~』。

(副題まである。ずいぶん凝ったタイトルだな・・・)

若干嫌な予感を覚えつつも、MP4ファイルを起動した。
 
すると、しょっぱなに冬の日本海を彷彿とさせる海岸の画像が現れる。大きな水しぶきがぶち上がったと思ったら、三角マークに囲まれた『●▲社』という我が社のロゴが現れた。

(・・・なにこれ? 東映のパクリ?)

驚いていると次の場面では普通に加工機の画面が現れる。

(よかった。中身は普通だ)

しかし、安心するのはまだ早かった。
 
『装置のセットアップ』

白抜きの字でタイトルが出て来るのだが、BGMがおかしい。何故か『●ップガン』の主題歌が流れ、もの凄いノリノリな雰囲気を漂わせている。色分けされた複数の画面が次々と現れ、そこでは作成者の若手が汗をぬぐったり、指さし呼称をする場面などが映し出される。なんでもない作業場面のはずなのに、とても格好良く見えるのは気のせいだろうか?

BGMが静まったと思ったら、次はなんと変な着ぐるみが登場してきた。しかもボカロを組み込んであるのか、喋ってくる。

「は~い、皆元気? 私は研削加工の妖精『ケズルン』だよ。今日は研削加工の神髄を伝授するね!」

(作業動画でゆるキャラとは・・・(汗))

呆気に取られたが、ここまで来たら最後まで見ようと覚悟を決める。
その後はCGで出来た謎の美少女仙人が登場し、なぜかコント風に加工機のセットアップを説明していく。

「いいかい? ここは慎重に作業するんだよ?」

「ふぉっふぉっふぉ。そうじゃ、おなごの柔肌を扱うようにのう」

「きゃ~~~!! 仙人さまのえっちぃ~~!」
 
(・・・・・・)

作業内容は正しいのだが、いかんせん余計なものが多すぎる。更に、実際に加工作業する場面では、

ギャンギャンギャーン、ズガガガ、ドゴーーン!


と、ありえない加工音とともに光の点滅が何度も繰り返される。

「こんな音出たら、装置壊れるだろ! 爆発物か!」

思わずツッコミを入れていたが、いつしか彼はすっかり動画にのめり込んでいた。
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こうして出来上がってきた動画マニュアルは、特に修正することなく上司に渡すことにした。色々と余計なものはあったが、作業自体はわかりやすかったことと、後は上司がどう反応するか興味があったからだ。

「好みはあると思いますが、私は良い出来だと思います」

と、彼は渡す際に言い添えた。
それから数日後、上司が血相を変えて自分のところにやってきた。

「あのな。悪いんだが、急遽海外へ出張してくれないか?」

「え?」

「実はあの動画マニュアルなんだが、海外の担当者に見せたところ問題が見つかってな」

(やはり攻めすぎたのか・・・)

そう思ったのだが、問題は別のところだった。
 
「実は海外の装置は一年前に更新していて、今はあの動画マニュアルの装置を使ってないんだよ。それで急遽向こうに飛んで、新しい装置でのマニュアルを同じような感じで作ってくれないか?」

「わ、わかりました」

上司がもの凄いあせった顔をしていたので、思わず一も二もなく承諾する。急ぎ最短のチケットを手配し、動画を作った若手には自分が素材を撮って送るので編集は任せたと依頼をした後に空港へと向かうのだが・・・

(あれ? 動画マニュアルって出張減らすのが目的じゃなかったっけ?)

道中冷静になったところで、彼は本末転倒な事態になっている事に気が付いた。そして、同時に動画の中身の方は問題なかったのか? とも・・・。
 
(まあ、深く考えるのはよそう。考えたら負けよ)

そう思ってバッグから『もろみ酢』を取り出し、こくりと一杯飲む。

(は~~~、心も体も癒してくれるぜ・・・)
 
こうして彼は暫くの間、日本を離れるのであった。
 
深く考えるな、生産技術者!
そのうちいい事あるさ!

おわり

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