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端末に期待するカラダ


なんにもないはずなのに、twitterをひらく。なぜかわからないけど、youtubeを流し見る。

どれだけ生産性のないことをしているのだろうか、とぼんやり考えるもスマホを手放せない自分がいる。
それくらい腐りきったわたしのカラダはしっかりと生きてしまっているようだ。




情報発信がしたいはずなのに、端末に刺激を求めて端末と一緒に熱くなり、端末と一緒に眠りにつく。なんて不気味な生活をしているのだろう。新聞配達員が新聞をポストに入れる音でなんとなく目がさめる。そして夜が明けて朝が来る。なにもしなくても夜は明ける。朝が来ればまたtwitterを開き、流れはじめるタイムラインを眺めるのだ。


うっすらと自分がなにを求めているのかはわかっている。
いままでもこんな感じで生きてきた。端末に成り代わるものが、大学だったり、肩書きだったり、クラス内でのキャラだったり。そもそもそんな感じの人間なのだ。だれかと繋がっていたいとは思わないものの、だれかに見られていてほしい、だれかに褒められたい気持ちは気持ち悪いくらいにずっとある。そんな片鱗を他人のSNSで垣間見てしまうといつもと言っていいほどに嫌気がさすくせに。いや、嫌気がさすのは当たり前のことなのだろう。同族嫌悪というやつだ。



自分の中が、どうもここ数年からっぽになって、からっぽになりつくして、立ち尽くしている。ずっとだ。立ち尽くすうちに端末に頼って、ずるずると自分という輪郭をも見失いつつある。怖い。怖いという感情も、こうやって文章に起こさないと感じられないくらい見失っている。


いつだって本当のことは自分の中にあるのだ。その鏡がインターネットであり、スマートフォンなのだ。そんな大事なことさえも忘れてしまうくらい、わたしは堕落している。堕落し尽くしている。もう堕落しようもないくらいに。



自分のために生きることがしっくりこないと言いつつ、他人に映る自分のためにしか生きれないわたしがいることをただ傍観している。わたしはわたしなのに。

そしてこうやって書いていないと生きている心地がしないこともまた事実だ。とにもかくにも、ここからまたやっていくしかないのもわかってはいるのだ。



隣の部屋からは誰かが起きてくる音がする。カラカラと扇風機が回っている。
今日もまた、夏みたいに暑い日が始まる。


#エッセイ #備忘録 #生きログ #ひとり
#堕落 #スマホ



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