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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[104]ザヤとエレグゼンの話

第5章 モンゴル高原
第3節 ザヤがナオトを救う
 
[104] ■3話 ザヤとエレグゼンの話
 当面、ナオトの命にかかわるようなことは起きないとなった頃、食事を運んできた折りにザヤが問うた。
「エレグゼン、あんた、ナオトをどうやって見つけたの?」
東の湖ダライ・ノールの西の林に、空を見上げて一人で突っ立っていた」
「……?」
「道に迷っているようでもあり、何かを探しているようでもあり、……」
「どうして父とそんなところまで行ったの?」
「トストオーラの戦さから戻って以来、メナヒム伯父とはじっくりと話をしていなかった。そのためか伯父は、久しぶりに遠出をしようと誘ってくれた。バトゥおじさんも一緒だった。あと数日で冬の牧地に移るという頃だった。
 伯父は、ウリエルと話をするつもりだと言っていた。それで朝早くに出て、その日から何日か、東の屯所に泊まった。覚えているだろ。今年は、いつもと違って、牧地を移る前に東の湖ダライ・ノールの手前に屯所を置いた。そこに見回りに行った。
 メナヒム伯父は東の境の動きが気になっていたらしい。
 冒頓バガトル単于に滅ぼされた東胡トウコが東に逃げて、いまは鮮卑センピとしてまとまっている。牧地を移る前に、その鮮卑が多く住むヒンガン山脈の北の森を調べておきたかったのだ。バトゥおじさんに、屯所の十騎を連れて物見ものみに出るようにと言っていた。
 ナオトと出くわしたのはそのとき、二日目の昼だ」
「その日は屯所に泊まったの?」
「ああ、何日か泊まった。屯所のゲルで食事をとりながらナオトと初めて話をした」
「ウリエルにも会った?」
「うん。その前の日に会った。屯所に行く前にウリエルの家に寄った。揃えてもらいたい品々を書き付けた革の切れ端を伯父が手渡していた。ただ、そのとき妙だなと思ったのだが、そこには鉄とコメと書いてあったと思う。これまでも何度か伯父に付いてウリエルのところまで出掛けたが、コメというのは初めてだった。
 そうだっ。ウリエルで思い出したが、ナオトはそのウリエルを探していると言っていたな……」
「父は、他に何か言っていた。ヒダカのこととか?」
「いいや、ヒダカのことなど何も話さなかった。ナオトと出会うまでは、二人で思いっきり東の境に向かって駆けただけだ。あの黒毛にあれほど走らせたのは戦さの後では初めてだった」
「あんたは、父のお気に入りだものね」
「そうだろうか……?」
「いつだって、あんたが将来どうなるか楽しみだと話してる。本人は気付いてないけど、わたしにはわかる。四年前にあんたがあの馬鹿なことをして傷を負ったときには、怒るどころか、自分が怪我けがしたような顔をして心配していた。少し、兄のバフティヤールが気の毒なほどだった」
「……」

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