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②春の嵐〈催花雨〉

春、早く咲けと花をせきたてるように降る雨を「催花雨」と言う。

今年の春は雨がよく降る。風も吹いて季節が変わっていくことをしっかり知らせてくれているように思える。

今の部署は、今日で最後の出勤日となる。出勤早々、先輩や同僚がしんみりとしていた。
この支店には丸8年、席を置いていた。1番の長老が何も言葉を発しないながらも、私の顔をまじまじと見つめた。何か言いたげな顔。寂しそうに目を細くした。

「退職するわけではないから、そんな悲しそうな顔をなさらないでください」私はそう言うと、長老はうんとうなづいた。

隣の席の同僚も、今週はずっと「藤原さんが片付け物していると、なんだか辛いわ」と言ってくれている。

今日も帰りがけ、水田が「寂しくなるわね」と繰り返し、先輩の深井も「なんだか実感が湧かないけど、来週からはなかなか会えなくなるわ」と悲しげな顔をした。

本当にいい職場なんだよね…と心の中で私は呟く。できれば離れたくなかったけど、新たな挑戦がしたかったし、収入増も狙いたかった。去年もそんなことを考えていたけど、全く風が吹かなかった。今年はなぜかいい風が吹いて、台風となり、嵐となり、様々な障害を吹き飛ばし、環境を整えてくれた。風が来たのだ。背中をグンっと押してくれた。後ろを振り返らず、思うがままに前を向いて進んでいくのだよ、と思いながら、雨が上がったビジネス街を大きな荷物を持ち、夕陽を背にして会社を後にした。

ありがとう、8年間


(この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません・笑)


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