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赤信号。

昼と夜で姿を変える「赤」信号。

夜の真っ暗闇のなかにさす赤色の光が一歩間違えればもう2度とこのセカイには戻ってこられなくなると警告しているようだ。

昼の赤信号は歩く人が一旦立ち止まるもの。

夜の赤信号は心にブレーキをかけるものだとふとしたときに感じる。

車の通りが少ない夜中の0時前。2024年3月3日23時59分。
あと少し待てば、明るい日がやってくるかもしれないそんなとき。

ある人にとっては孤独と闘って、それでも報われなくてもう自分なんか生きていてもいなくても誰にも気づかれないと絶望した日だったかもしれない。

涙も枯れてしまうくらい泣き続けて目が開かないくらい腫れてしまった日かもしれない。

夢を否定されて自分のこれまでをすべて否定された気持ちになって自分の価値を見失ってしまった日かもしれない。

今日という日が人生最期の日にしたいくらい苦しくて辛い日だったかもしれない。

それでもあと少しで今日よりはほんのちょっと明るい日がやってくるかもしれないそんな時。

目の前の赤信号に立ち止まった。

車通りも少ないから一歩踏み出してしまおう。それで万が一があったら、それまでの人生だったんだと覚悟をした瞬間、時速100kmの車が目の前を横切った。

本当に「死」を実感したとき、刻が止まったかのような錯覚と恐怖を覚えた。「死」を怖いと感じるあいだは、きっと心のどこかでまだ生きていたいと願っている証なんだと気づかされた。

さっきまで一緒に時間を過ごしていた人の顔、ハグをしたときの温かさ、手を握ったときの感触を思い出した。世を去るにしては、多くの人に出会いすぎてしまった。でも、その人たちのお陰で生かされている命だとも思った。

赤信号に立ち止まっていなければ、私は今生きていなかったかもしれない。赤信号が青信号に変わったとき、2024年3月4日0時0分を迎えた。

地面を踏みしめる感覚を全身で感じながら、新たに迎えた「今日」という日を歩みだした。明日を生きる理由はわからなくても生きたいと思える理由が0じゃないから生きる選択をしてみる。

生きる意味が分からなくても大丈夫。
生きていてよかった。
生まれてこられてよかったと思える日がきっと来ると信じて。

赤信号が赤い光を放った時間は一生と比べたら僅かでしかない。
けれど、その数十秒が誰かの明日に繋がる光となる日もあるかもしれない。


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