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「区切る」

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 「新しい生活様式」とやらが推奨されてからそれなりの時間が経ち、終わらない非日常のなかで、われわれはそれぞれの生活を送ることを余儀なくされている。
 もちろん僕もコロナに感染したくないし、そうでなくても鬱病と睡眠障害を抱えているので、日々をより健やかに過ごしたいという気持ちはもともと強いものがある。
 しかしながら、「新しい生活様式」というのは人間の本来的な欲望や、日々の活力になるようなイベントごとを制限するものであり、ストレスの溜まっている人もさぞかし多いことだろう。

 自宅で始まりも終わりも定かでない飲酒を行ってしまい、アル中に向かってまっすぐに歩いていっている人や、仕事も食事も睡眠も同じ部屋でとるものだから、気持ちが切り替わらなくて境界が曖昧になってしまっている人──実にいろんなケースを見聞きする。
 僕個人の経験で言うと、やはり物理に対しては物理で対抗すべきであると考える。
 要するに、物理的に制限された状況下で戦っていくためには、こちらも物理的な方策をとることで、それに抗おうということである。

 こういうとき、人は往々にして戦線を拡大してしまったり、魔法に頼ったりするのだけれど、今回はごく原始的な物理兵器を用いる。
 タイマーやパーティションがそれである。もちろん同等の機能を持つもので代用してよいが、タイマーはスマホで代用しないほうがいいかもしれない。
 上位互換ではなく下位互換、キッチンタイマーのかわりにおかんタイマーを用いるほうが望ましい。

 さて、本日の提案は「区切る」ことである。時間と空間──アインシュタインによればこのふたつには境界はないらしいが──両方を区切ってみよう。
 1Kでリモートワーク中の人であれば、本当はもうひと部屋、せめて1DKにでも引っ越すのを推奨したいが、なるたけ安く物理で殴るのがコンセプトなので、今回は採らない(重ねて言うが、本当は引っ越したほうがいい)。

 部屋に、おそらくデスクかちゃぶ台かコタツか……とにかく仕事と食事に使っているものがあるだろう。あとはなんらかの寝床もあるはずだ。
 できれば私生活と仕事の場所は、物理的に分離したい。もし、部屋のスペースが許す人は、「仕事をする場所」を専用に用意してみて欲しい。また、タイマーで時間も区切ってみてほしい。
 さほどスペースがない場合も、パーティションやカーテンで「見えなくする」ことは有効である。寝所だけはリラックススペースとして隔離してみよう。
 「仕事をする場所」を用意できないなら、「仕事をしない場所」を用意するということである。
 僕の場合、家は生活の場であり、よっぽどのことがなければ自宅では仕事をしない。そのかわり、会社に自転車か徒歩で通勤し(その間に身体が多少シャッキリして目が覚める)、そこは仕事のための場となっている。
 
 こうやって両方を隔離しているのは、僕が極めて意志の弱い人間だからだが、どちらにも家賃を払っているという条件は、僕のごとき意思薄弱人間を多少なりともシャッキリさせる効果がある。
 タイマーについても少し付言しておこう。
 これは時計の機能をより強化するものだと思えばよい。自宅で仕事をすると、とにかく定時は守られない。しかし、あらゆる意味で守られるべきものが定時である。
 飲酒も定量かつ定時で行うのがよい。医学的には飲酒はしないほうがいいが、合法なので人は酒を飲んでしまう。
 ハードドラッグであるという認識のもとに、ほどほどにすべきであろう。そのためにも、酒を飲んでよい時間、空間、総量などの規制をかけ、制限して行うのがよい。
 
 Twitterをはじめとする、ネットを用いた怠惰な時間溶かしも、ある程度規制をかけたほうがよい。
 タイマーにスマホを用いないほうが望ましいというのはそういう意味もある。
 人間は愚かであり、タイマーや電卓機能や天気予報を求めてスマホを触ったはずなのに、1時間が異次元に消えることはままある。
 ゆえに、キッチンタイマーと電卓とアレクサが必要になる。
 だいたいお分かりいただけただろうか?

 このテキストがまったく参考にならなかったというあなたは、おそらく意志の強い立派な人間なのだと思う。
 僕は生来の怠け者であり、だらけた結果どうなるかわかっていてもなかなかキリキリと働けないごくつぶしである。
 ゆえに、人並みになるために上記のような理屈でやっている。少しでもコロナ下で非日常に放り込まれたみなさんのお役に立てば幸いである。

(これより下に文章はありません)

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