萌木ユノ

読書家になりたい私のひとり言

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最近の記事

240219_ツンドラの記憶 / 八木清

アラスカのエスキモー文化圏に残る伝承が編み込まれた良書。編訳と写真、そして造本にも丁寧な気配りが感じられ、ページを繰るごとに不可思議な物語世界にすっとと引き込まれてゆく。物語が不思議に感じられるのは、きっと自らの目線や思考法に近代教育のバイアスがかかっているからだろう。世界の不思議を自分たちの立場に引きつけて謎解いててゆこうとするのが近代なら、世界の不思議の一部に自分たちの生命を結びつけてゆこうとするのが彼らの世界なのかもしれない。遠い昔のお話なのに、どこか懐かしく感じられる

    • 240217_岡倉天心とインド / 外川昌彦

      岡倉天心とインドと題してあるが、内容はインド宗教改革運動の騎手であったヴィヴェカーナンダと岡倉の邂逅を通して、アジアとは何か、を真摯に問う作品になっている。ガンダーラ美術やインドの彫刻は本当にギリシャの影響を受けているのか。あるいは、インドの起源はアーリア人の侵入によって成立しているのか。これまで常識として認識していた事柄が、本書を読み進めてゆくうちに次々に覆されてゆく。資料を丹念に紐解いて二人の思想や歴史認識を浮かびあげてゆくさまは見事だ。 基本的に学究的な立ち位置を貫いて

      • 231102_里山資本主義 / 藻谷浩介•NHK広島取材班

        2013年に刊行された書籍なので評判は耳にしていたが、縁あって今回ようやく手にしたことになる。ずっと敬遠してきたのは、タイトルからしてよくある「田舎暮らし礼賛本」かと思っていたからだろう。もちろん、幸いそうではなかった。里山資本主義の存在理由について、著者は次のように記している。「里山資本主義は、マネー資本主義の生む歪みを補うサブシステムとして、そして非常時にはマネー資本主義に代わって表に立つバックアップシステムとして、日本とそして世界の脆弱性を補完し、人類の生きる道を示して

        • 231024_エレメンタル批評文集 / 菅啓次郎

          詩人であり比較文化研究者である菅啓次郎氏の作品選集。1990年代初頭から最近のものまで二十数編が収められている。帯には、「世界文学論、翻訳論を集成」と記されているが、人類学、アメリカ文明論、旅、自然科学など、ジャンルを自在に横断する姿はまさに詩人の柔軟な魂が躍動しているのを感じさせる。世界を細分化し分析し論理的に説明する学者や評論家はいくらでもいるが、菅氏ほど世界を全体的かつ根源的に捉えようとする人は本当に数少ない。しかもそれを冷たいロジカルな言葉ではなく、血の通った生き生き

        240219_ツンドラの記憶 / 八木清

          231011_入り江の幻影 / 辺見庸

          辺見庸の最新エッセイ集。雑誌やWEB媒体に寄稿した作品が中心だが、書き下ろしもいくつか収められている。全編を通して辺見が幻視しているのは、戦争への足音だ。名著「1・9・3・7」を書き下ろした著者にとって、それがのっぴきならい関心ごとであるのは間違いない。いや、他人事のように語っている場合ではないかもしれない。イタリアの思想家ウンベルト・エーコは、ファシズムについてこう記しているという。「ファシズムには、いかなる精髄もなく単独の本質さえありません。ファシズムは〈ファジー〉な全体

          231011_入り江の幻影 / 辺見庸

          02.神話の力 / ジョーゼフ・キャンベル著_210201

          神話についてずっと興味を持ってきたけれど、これまで何を読んでもいつもピンとこなかった。なぜピンとこなかったのか?本書を読むとその理由がよくわかる。おそらく神話とは、理解するのではなく感じるものではないだろうか。本書の中に記されているように、それはきわめて「詩」に近いものではないだろうか。だから頭で理解しようとしても、どうしても曖昧さが居残ってしまう。たとえば、密教なども机上で理解しようとしても本質を捉えられないところがあるけれど、神話もそれと同じで、想像を巡らせて直感的に受け

          02.神話の力 / ジョーゼフ・キャンベル著_210201

          01.世間のひと / 鬼海弘雄著_210101

          昨年亡くなられた写真家鬼海弘雄氏の写文集。 同氏にはペルソナをはじめ大判の写真集がいくつもあるが、文庫サイズの本書の写真からもその強い存在感が十二分に伝わってくる。被写体の存在が強いのか、それを凝視する写真家の洞察力が強いのか、あるいは撮影地である浅草の場の力が強いのか。おそらくそれらのすべてが写真に凝縮されているのだろう。ポートレートを一枚づつ並べたシンプルな構成であるにもかかわらず、どれほど見ていても不思議と飽きることがない。「観てくれる人の想像力だけに頼っている」。写真

          01.世間のひと / 鬼海弘雄著_210101

          13.珈琲屋 / 大坊勝次 森光宗男著_200903

          東の「大坊珈琲店」と西の「珈琲美美」。東京青山と九州博多でそれぞれ珈琲屋を営んでいた大坊氏と森光氏の対談集になる。美味しい珈琲を淹れるためにはこれだけの個の物語が横たわっているのか。上下二段組のボリュームある構成になるが、読んでいるとまるで茶道にも通じるような奥深さに強く引き込まれてしまう。極上の珈琲を求めて二人が探究熱心なのは当然だが、論理的に着地点を設けてそれに向かってゆく森光と、一つひとつ地道に積み重ねてゆくことで無意識に目的地に向かってゆく大坊の違いが面白い。「人々は

          13.珈琲屋 / 大坊勝次 森光宗男著_200903

          12.夕べの雲 / 庄野潤三著_ 200902

          作家が自身の家族の日常を綴った好著。須賀敦子が初めてイタリア語に翻訳した作品としてもよく知られた一冊だ。1960年代の作品になるが、あの頃はこうした日常の細部に目を凝らした滋味豊かな作品が数多くあった気がする。たとえば映画で言えば小津安二郎などがその筆頭になるのだろうか。とにかく自意識をどんどん肥大化させがちなSNSの言語空間に慣らされた目には、その抑制の効いた表現姿勢がとても新鮮で心地いい。作者の筆致がつつましいいように、そこに描かれる家族の姿も実に純朴で味わい深い。それが

          12.夕べの雲 / 庄野潤三著_ 200902

          11.記憶の渚にて / 白石一文著_200901

          ミステリーやストーリー性で読ませる本はあまり好みではないけれど、以前からなんとなく気になっていた白石一文の作品を手に取ってみた。さすがに人気作家というだけあって、描写も構成も秀逸で破綻がない。ただ、その語り口にあまり惹き込まれるところがなかったというのが正直な感想になってしまう。これはきっと読み手側の問題であり、相性の問題なのだろう。テーマを主人公に語らせるのであればそこに作者の内的必然性をもっと感じさせて欲しかったし、物語によってテーマを浮かび上げるのであればもう少し創意工

          11.記憶の渚にて / 白石一文著_200901

          10.BABEL / 広川泰士著_200710

          写真家広川泰士が大判カメラで撮り下ろした日本の風景。と言っても、そこに映し出されているのはいわゆる風景写真ではない。わたしたちが暮らしているこの文明社会とは何なのか、自然とどのように向き合ってきたのか、そしてどこへ向かおうとしているのか。そうした諸相が写真を通して克明に精緻に浮かび上がってくる。一見このように書くと社会派ドキュメンタリーのようにも聞こえかねないが、本書は決して声高に批判したり糾弾しようとするものではない。東京の姿を、福島の姿を、また日本全国で切り拓かれてゆく自

          10.BABEL / 広川泰士著_200710

          09.夕暮の緑の光 / 野呂邦暢随筆選 岡崎武志編_200709

          1980年に42歳の若さで亡くなった芥川賞作家の随筆集。最近は芥川賞を獲ってもその後が続かずに忘れ去られてゆく作家も多い中、野呂邦暢は地味ながらも根強いファンが多く、また再評価も進んでいるようだ。野呂の最大の魅力は、その端正な文体にあると言える。本書の編者である岡崎武志は、解説の中に次のように記している。「ちょっとした身辺雑記を書く場合でも、ことばを選ぶ厳しさと端正なたた住まいを感じさせる文体に揺るぎはなかった」。確かに自分自身こうしてNOTEに走り書きをしていること自体、な

          09.夕暮の緑の光 / 野呂邦暢随筆選 岡崎武志編_200709

          08.日々の一滴 / 藤原新也著_200708

          2011年の東日本大震災から2020年3月までの雑誌連載をまとめた一冊。 一編あたりが1000〜1500文字程度と短めなところに少し物足りなさを感じるが、藤原節は健在といったところか。藤原新也といえば写真と文章で時代を語るパイオニアであり、後追いとも呼べるフォロワーをこれまで数多く産み出してきた。しかし本書を読むと、やはりこの人の発想の豊かさは突出していると改めて気づかされる。いや、もしかしたらそれは発想というよりも、ただ単に勘の鋭さと言った方がいいのかもしれない。「勘の鋭さ

          08.日々の一滴 / 藤原新也著_200708

          07.庄野潤三の本 山の上の家 / 夏葉社_200707

          こだわりのある本を丁寧に作り続けるひとり出版社「夏葉社」。作家庄野潤三については名前しか知らなかったが、「夏葉社」というその出版社の姿勢に惹かれて読んでみた。作家案内と銘打たれており、その手の本はおおむね実用書的なシンプルな作りが多いものだが、本書を手にしてまず目を奪われたのが装丁や造本の美しさだった。編集人の愛情がひしひしと伝わってくる出来というのだろうか。庄野潤三が生涯に渡って描き続けたという「自らの家族の姿」。その温かな家族の体温が溢れ出してくるような本に仕上がっている

          07.庄野潤三の本 山の上の家 / 夏葉社_200707

          06_勇気凛凛ルリの色 / 浅田次郎著_200706

          人情ものから歴史小説まで、当代随一の人気作家の初期エッセイ集。いかにも昭和のオッサンが書いた濃いエッセイが並ぶが、それにしても、わずか四半世紀前というのはこんなにおおらか時代だったのか、と改めて驚かされる。内容的にも詐欺まがいの実体験談が並ぶかと思えば、それを伝える文章表現自体も、今では差別やセクハラと糾弾されてもおかしくないようなものばかりだったりする。おそらく発表媒体が、「週刊現代」という下世話さも許される週刊誌だったところもあるのだろうが、それにしても昭和のオッサンとい

          06_勇気凛凛ルリの色 / 浅田次郎著_200706

          05_なみだふるはな / 石牟礼道子 藤原新也 著_200705

          水俣病の悲劇を戦後最大の文学作品「苦海浄土」に昇華させた石牟礼道子。彼女と写真家藤原新也との対談を収めたものが本書になる。話は水俣病と福島原発の類似性、つまり経済発展のために犠牲を強いる国家の欺瞞についてが語られてゆく。しかし本書で特筆すべきは、それが論理や正邪善悪だけのステレオタイプな社会批判に堕していないところかもしれない。  石牟礼の口から語られる幼少期の水俣の描写がとにかく美しい。近代以前の神話的世界がそこにありありと立ち上がってくる。そしてそれを真っ直ぐに引き受け、

          05_なみだふるはな / 石牟礼道子 藤原新也 著_200705