見出し画像

「きみはどうしたい?」自分の可能性を広げるのは自分【morita friend school代表・森田圭インタビュー】

森田圭、32歳。大山町で生まれ育ち、大学時代と社会人生活の12年間を関西で過ごした後、2019年に大山町へ帰ってきた。ソフトな関西弁で「それおもろいやん」と屈託のない笑顔を向けられると、ついこちらも笑顔になる。

そんな森田は、故郷大山町で2020年4月からモリタスタディという塾を始めた。塾と聞くと勉強を教えてもらう場所というイメージを持つが、ここでは子どもたちが「自分はどうしたいか?」と考える機会を多く持つ。「楽しい」を原動力に、子どもの「やりたい」気持ちを丁寧に拾い上げる森田の思いは、教室を飛び出した課外活動「モリタチャレンジ」へと広がっていく。地域の人や仕事を知り、視野を広く持って色々なものと出会うことで、自分の可能性を広げて欲しい。そう森田が考えるのは、自身の関西での経験によるものだった。地元大山町が大好きだという森田は、どんな思いで日々子どもたちと向き合っているのだろうか。

開講から約1年半の時を経て2021年8月よりmorita friend schoolへと改称したモリタスタディの軌跡と代表森田圭の思いを綴っていく。

主体は子どもたちで、大人はそれを支えて加速させる伴走者

大山町は鳥取県西部にある、霊峰・大山に見守られながら海にも面している人口約16000人の町だ。ここは都会と比べ塾の選択肢が少なく、隣町の淀江や繁華街のある米子まで車で20〜30分かけて通う人も多い。

海から山まで20分の大山町

森田が始めたこの塾では、子どもたちが「自分はどうしたいか?」と考える機会を多く持つ。判断力を養い主体的に考える習慣をつけるためだ。自分で決めたことは他人のせいにできない。当事者意識を持つ事で、失敗を自身の成長に繋げられると森田は考える。

「塾に来ることも含めて、主体は子どもたちです。例えば自転車に乗ると決めたら、まずは子ども自身が漕がないと始まらないですよね。なかなか漕ぎ始められない子には、『転んでも大丈夫だから、とりあえず漕いでみよう』と誘います。
転んだら痛いけど、そこから学んで前進すればいい。痛くて挫けそうな子には、また立ち上がれるようサポートします。自転車に乗れるようになれさえすれば、あとは指示なんてなくても自分でどこへでもいける。僕らは、子どもたちを支えて加速させる伴走者でありたいと思っています」

子どもたちの「やりたい」思いを、丁寧に拾い上げてサポートする

現在、塾には小学1年生から中学3年生まで30名の生徒がおり、1〜4名の子どもに対して一人のスタッフがじっくりと関わっている。ここでは勉強の進み具合だけでなく、子どもたちの学習意欲やコンディションも考慮する。なかなか机に向かう事ができない子も、過ごしていく中で変化が見られるという。

「最初に一緒に遊んでストレス発散してから『じゃあ勉強しようか』と言うと勉強できることもあります。みんな学校でも家でもいろんなことがあって、日によってコンディションも違うと思うので」
その子に合わせて関わる森田の方針に共感した、大学で幼児教育を学んだスタッフの高橋さんはこう語る。先生と生徒という上下関係ではなく、同じ目線でその日の調子や気持ちまで含めた自分を見てくれる。近所のお兄さんのような眼差しに心が温かくなる。

ふれあいの郷かあら山

子どもをベースに考えて大人が環境を整えることも大切だ。森田は保育歴40年の母倫子さんに相談し、アドバイスをもらうこともある。別の教室を用意して、机は壁向きに。足がバタつかないよう木箱を足置きにする。そういう工夫をすると、短時間座っていることさえ難しかった子が45分以上も集中できるようになった。担当のスタッフの声かけも活きているという。効率性を追うだけでなく、その子に必要な物理的・人的環境を整えることで生まれる成長がある。これは試行錯誤しながら塾を進めていく中で気づけたことだ。

ある日、まだ掛け算を習っていない小学1年生の子が「割り算をやりたい」と言い出した。理由は、掛け算をやっているお姉ちゃんの先を越したいから。学習進度に沿うと先に掛け算をやる方が順当だが、森田は「今、彼がそれをやりたいならやってみよう」と前向きだ。そして、掛け算を習っていなくても割り算を理解できる方法を考え、スタッフに提案した。手渡されたボードにマグネットを貼り付けて懸命に考えているその子の目は、好奇心に溢れていた。この塾では子どもたちの「やりたい」思いを摘み取らず、丁寧に拾い上げてサポートしている。

勉強が終わったら、机の上の消しかすは子どもたち自身で掃除する。難しい子には、「一緒にやってみよう」と声かけはするが、大人は手を出さない。習慣化すれば就学前の子でも出来るという。大人が手を貸さなくても、子ども自身でできることは多い。子どもの力を信じる眼差しに支えられていれば、子どもたちは安心して挑戦できる。

教室風景

「楽しい」が原動力。熱中したら人は急成長できる

森田は、毎回帰る時に子どもたちに「楽しかった」と思ってもらえるように心がけている。何かを習得していく上で大切なのは、継続すること。塾の日に知識を詰め込むより、その日何か一つでも学びを得られることに意味がある。「楽しい」を原動力に細くても長く続けることが結果に繋がると考える。

塾の会場は、小学生は身体を動かせるスペースもある地域の交流施設ふれあいの郷かあら山で、中学生になるとシェアオフィスTORICOへと移る。TORICOは地元のCATV大山チャンネルのオフィスも併設された海が見渡せるお洒落な空間で、働く大人たちと同じ空間で机に向かう。親御さんからは、「大人になって自分が働くイメージにつながるといい。社会勉強もできて良い環境」との声も聞こえる。こうした地域施設の協力も塾を運営していく上では不可欠だ。

TORICO

中学生になると塾は勉強が中心になっていくが、森田やスタッフは休憩時間を使って子どもたちと積極的に会話している。たわいもない話や愚痴、学校や家での様子など子どもたちの背景に触れることで、彼らの調子や気持ちに近づけると考えるからだ。

「苦手な連立方程式を遡って復習していたらできるようになって、自信になった」「一番嫌いだった英語が、今は一番好きになった」
子どもたちのこういった声を聞くと、勉強でも遊びでも、何かが出来るようになるという体験は楽しいものなのだと実感するという。

森田自身、中学3年生の夏まで野球に熱中していてほとんど勉強をしていなかった。しかし部活動を引退して有り余ったエネルギーを受験勉強に向けたところ、わからない問題がわかる楽しさに夢中になった。乾いたスポンジが水を吸収するように勉強にのめり込み、平均点だった成績は夏休み明けの2学期には学年で1位になった。この時原体験として学んだ、わかる楽しさや物事を習得するための組み立て方は、その後の学生生活はもちろん、社会人になった今も活きているという。

交通の便が良くはない大山町では、塾に来るためにほとんど子が家族に送迎してもらっている。こうしたサポートへ感謝し、森田は親御さんとの日々のコミュニケーションや学期末ごとの面談で、塾でのその子の成長や前向きな様子をできるだけ細かく伝えるようにしている。

大人が一日かかっても完成させられないブロックキューブを、たった10秒で何度でも完成できる子。森田にお願いして買ってもらったチョークを使って、夢中で黒板に絵を描いている子。勉強以外でも発揮される、その子特有の飛び抜けた能力に驚くことも多い。

「勉強はツールの1つ。それぞれ凹凸があっていい。熱中できる何かを見つけた子は、その能力を伸ばしてあげたい。熱中したら人は急成長できると思うので」と森田は目を細める。

人や仕事と出会い、様々な選択肢を。教室を飛び出す「モリタチャレンジ」

森田の思いは、教室を飛び出した課外活動「モリタチャレンジ」へと広がっている。多種多様な大人たちや、大山町の豊かな資源と関わる体験の場を作ることがモリタチャレンジの目的だ。
農業体験教室では、地元の國吉農園の協力の元、子どもたちが野菜の種植え、管理、収穫を行い、できた野菜は皆でカレーを作って食べる。普段自分が食べている食物がどう育っていくか継続的に学び、調理して味わう食育プログラムを目指している。

農業体験教室の当日、國吉さんは大山の土壌が作物の生育に適している理由や、作物がよく育つ原理などを話し、作業に奥行きを持たせてくれる。作業開始後30分で「疲れた」と弱音を吐いていた子どもたちも徐々に作業に没頭し、終了時は「まだやりたい」と渋るほどだった。

國吉農園での田植え
夏野菜カレー作り

モリタチャレンジは、当日だけでは終わらない。植えた苗を休日に親子で見に行ったり、國吉農園の自然農法の野菜を購入する親御さんが増えたりと、その後の関わりにも繋がっているという。

「こうした体験を通して、子どもたちが“地域の人”や“地域にある仕事”を少し身近に感じられたら嬉しいです。様々な大人と触れて、『こんな生き方や働き方があるんだ』と選択肢を広げられたら良いなと思います。だから、僕自身も常に挑戦を続けていきたいし、その姿を子どもたちに見せていければと思います。彼らが大人になってからも、気軽に話し合えるような関係でありたいですね」

「こんな生き方があるんだ」刺激的な社会人時代、窮地に立って初めて感じた感謝の思い

森田が主体性を持って可能性を広げてほしいと考えるのは、自身の経験がもとになっている。大学を卒業して関西で大好きだった音楽の仕事についた森田は、自分の好きなことを突き詰めて輝いている人とたくさん出会い、衝撃を受けたという。

「凸凹な人たちがいっぱいいる世界で、凸の部分が際立っていたんです。この人たちすごいな!って。その人の生き方や精神が音楽に反映されていて『自分はこうしたい』とか『自分たちが一番カッコいい』とか、自分たちのやっていることに自信と誇りを持っていました。それに触れて、こんな世界や生き方があるんだ、これもありなんだって、一気に世界観が広がりました」

世界最大級の音楽フェスティバル Coachella Music Festival

森田にとって音楽の世界は、当時の大山町では味わえないたくさんの刺激に満ちていた。日々刺激を受けながらも、関西での社会人時代は失敗続きだったと森田は振り返る。

転機となる出来事があった。森田は、自身が主催したイベントで1500人という大きな会場の集客がうまくいかず、窮地に立たされた。困り果てた森田に、ライブハウスやラジオ局の方、アーティストなど多くの人が様々な形で集客に尽力してくれたという。

「それまでは、本当に自分のことばかり考えていたんですよね。周りの人へ感謝とか、あまり考えたことがなかったんです。だから、先輩から『周りの人を大事にしないと何もできないよ』『関わる人みんなが気持ちよく仕事できないといいコンサートにならないよ』と言われても、ピンとこなかった。恥ずかしい話ですが、自己中心的な行動や横柄な態度をよく取っていたと思います。でも、自分で責任者としてイベントを主催してピンチになった時に初めて、言われていたことが理解できたんです。蓄積されたものがぶわっと蘇って、ああこういうことだったんだなって思えた」

結果としてイベントの集客や収益は十分なものではなかった。しかし当日は、宣伝のおかげで増えたお客さんに加え200人もの関係者が足を運んでくれ、心の底から救われたという。それまで自分しか見えていなかった視界が周囲へと広がった瞬間だった。

「当時は本当に迷惑をおかけしたと思います。その時、自分を見放さないでいてくれた方々には感謝してもしきれません」

大好きな大山町の子どもたちへ、恩送りとして自分の経験を注ぎたい

関西を離れた今も、お世話になった人たちに何かを返したいという思いはあり、それが現在のmorita friend schoolの活動の原動力になっているという。なぜ森田は、してもらった恩を直接その人に返すのではなく違う形で恩送りしようと思ったのだろうか。

「僕が社会人時代にお世話になったのは、器が大きくてカッコいい大人たちでした。その人たちに直接何かを返すよりも、自分がしてもらった振る舞いを僕自身が誰かにする方が喜んでくれるんじゃないかなと感じたんです。
自分は本当に人に恵まれているなと思うんです。家族から始まって、今まで関わった人たちから影響をいっぱい受けて今の自分はできている。だからその恵まれた環境を、今度は人のために使いたい。未来ある地元の子どもたちに、自分の経験を注ぎたいなと思いました」

森田は、自分でも理由を意識しないほど自然に地元の大山町が好きになっていた。森田にとって、故郷・大山町全体が心地よい遊び場なのだという。

小さい頃親とよく行ったスキー場は、小学生になると子どもだけで滑りに行く遊び場になった。子どもの頃からよく行っていた海や川への釣りや大山登山は、大人になった今でも仲間たちと気軽に足を運ぶ。こんな風に土地への愛着を感じられるのは、小さい頃に地域の大人達が色々な所に連れ回してくれたおかげだと森田は振り返る。そんなアクティブだったかつての大人達とは、今でも顔見知りだ。

大山スキー場

「今僕が塾でやろうとしていることも、子どもたちにとっては環境の一つでしかありません。何を選ぶかは自由ですが、どんな選択肢や世界があるかはできるだけ広げてあげたい。その上で、自分がどう生きたいか。自分のリミッターを外して、可能性を広げていって欲しいと思っています。
そうやって今は目の前の道を走っていって、どこかのタイミングでふと、周りの人や環境によって生かされている自分に気づけたら素敵だなあと思いますね。僕も30歳くらいになってようやくそんな事を考えるようになったので、人のこと全然言えないんですけど」

少しはにかみながら語ってくれた森田の目は、しっかりと前を見据えているが、どこか肩の力が抜けている。研ぎ澄ませた鋭利さというよりは、風になびくしなやかさ。森田の周りはいつも笑顔が溢れている。スタッフも子どもたちも一人また一人と仲間が増えている理由は、「楽しい」の延長線上に自分の可能性と出会えているからではないかと感じる。大人だけど子どものような目線を持ち、かつて大山町を駆け回った森田は、今またここ大山町を舞台に新たな挑戦を続けている。

文:ナカヤマサオリ
東京出身、鳥取在住。助産師、執筆業。
Webメディア雛形「私の、ケツダン」執筆
  https://www.hinagata-mag.com/comehere/26951

写真:寺井宏伸

森田からSpecial thanks to
ふれあいの郷かあら山さん、TORICOさん、塾Swanさん、國吉農園さん、協力してくれる地域の方々、学生時代の先生や友人、社会人時代にお世話になった方々、家族、スタッフのみんな、日頃お世話になっている親御さんと子どもたち、森田に関わってくださった多くの方々。

画像2



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?