見出し画像

月の飴

いつもは騒がしい学生寮も「星祭り」の夜は静かだった。喉の風邪をこじらせて寝込んでいる僕に気をつかいながらもルームメイトは年に一度のお祭りに早々と部屋を出て行った。喉の痛みで眠ることもできず、静寂で心を弱らせてはいけないと思い、ラジオをかけた。ぼんやりと横たわっていると部屋のドアがノックされ、僕が返事をする前に誰かが入ってきた。見ると、普段はあまり喋ったことのないクラスメイトだった。僕は非常に驚いていたが、彼は「これを」と言って僕の手のひらに真っ黒な包装紙を乗せてきた。そして「喉によく効く飴玉だけれど、誰にも秘密だよ」とだけ言い残して部屋から出ていってしまった。しばらく呆然としていたが手に乗せられた飴玉を思い出し、宇宙色の包装紙を解くと中から淡い光が漏れ出した。突然の眩しさに一瞬目を細めたが、ゆっくりと呼吸するように明暗を繰り返すそれに、すっかりと僕の心は奪われてしまっていた。けれど見惚れるほどに美しい発光をするそれは、とてもいびつな形であった。なぜだろうと首をかしげた時、ラジオからあるニュースが流れてきて、僕はあわてて飴玉を口に放り込んだ。次の日、僕の喉は痛みなんてなかったかのように元に戻っていたが、世間はそんなことよりも昨晩の「満月が欠けてしまった」事件の話題で大盛り上がりで、僕もルームメイトとその話題で盛り上がったが、いびつに歪んでいた飴の形が満月の欠けた部分に似ていたことは誰にも秘密である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?