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【映画】リコリス・ピザ Licorice Pizza/ポール・トーマス・アンダーソン

タイトル:リコリス・ピザ Licorice Pizza 2021年
監督:ポール・トーマス・アンダーソン

※7/13追記
多くの人がそうだと思うのだけど観終わった後、結局リコリスピザってなんなんだ?と不思議に思った。リコリスといえば日本ではあまり馴染みが無い食材で、多分ハリボのタイヤグミやサルミアッキ辺りがなんとなく知られていて日本人の口には合わないことでも有名だと思う。

リコリス味のピザ?丸くて黒いもの…頭の中で繰り返していくうちにレコードだ!と気がついた。ユリーカ!な気分だったもののパンフレットにしっかり書かれていた…。そもそもタイトルの由来になったのはリコリスピザというチェーンのレコードショップがかつてあり、そこから映画のタイトルが取られたという事のようだ。舞台が映画のキーにもなっているオイルショックが起きた1973年という事もあり、70年代初頭のポップミュージックが映画全編で扱われている。予告でメインに扱われていたデヴィッド・ボウイのLife on Marsもそのひとつ。
個人的にPTAの映画の予告が結構厄介で、映画本編の面白い部分の密度を圧縮したような予告の方が面白そうだと思った事があった。本作はPTAの作品の中でも「パンチドランクラブ」のテイストに一番近いだろうし、時代設定は「インヒアレント・ヴァイス」の少し後に位置する(この時も日本語が一瞬飛び交う)。どうもPTAのユーモラスな部分にあまりしっくり来たことがなくて、いつも消化不良気味で予告を見たときのワクワク感を超えるものが無かった。先に挙げた「パンチドランクラブ」がまさにそうで、映画のエモーションをぎゅっと詰め込んだせいで、映画がどうも冗長に感じられて肩透かしを感じた覚えがある(公開当時に観たきりなので、そのうち再見したい)。「リコリス・ピザ」の予告も秀逸で、この数年観た予告の中でも群を抜いて素晴らしく、却って一抹の不安がよぎった。おまけにボウイの大名曲を使った大ネタ予告である。
ボウイの部分で言えば、映画ではミック・ロンソンのギターソロ(名プレイ!)から後半部分のみあっさり使われていただけだった。この点は予告のぎゅっと詰め込んだ内容と映画の内容に少しズレが生まれてしまっていた。
悪夢再び…かと思ったがそれは杞憂に終わった。
とにかく主演のアラナを演じた三姉妹バンド「ハイム」のギターボーカルのアラナ・ハイムの演技が素晴らしい。お世辞にも超絶美人ではないが、一つ一つの表情や所作がチャーミングで、彼女でなければ成り立たないくらい強烈なキャラクターを表現していた。そもそも俳優ではないし、ハイムの中でも長女二人の存在感の方が強く末っ子ポジション的イメージがある。

本作では姉二人と両親も出演していて、それぞれいい味を醸し出している。特にユダヤ教の安息日のシーンはかなり笑えるのだが、ペニスの下りがアドリブと知ってこの映画のパワーの源はやはり彼女によるところが大きいのだなと痛感した。実際のハイム家の様子を見ているようでもあって、二重の意味でも楽しめる(お母さんとそっくり)。

アラナ・ハイムはアメリカのテレビ番組に出演した際に、映画が公開された後、歯科医師から前歯の矯正についてSNSのDMに10通以上来たという。映画の中でもビーバー扱いされていたが、彼女自身はこの歯は気に入っているということでわざとカメラをアップにするように促し笑い飛ばしていた。
ユダヤ系の顔立ちという部分では、バーブラ・ストライサンドの話が出てくるが、思い返せばアラナ・ハイムとバーブラ・ストライサンドの顔の作りは特徴的な鼻など結構似てる。面白いのが、バーブラ・ストライサンドの恋人ジョン・ピーターズはその後映画「スター誕生」をプロデュースし大ヒット。そして「スター誕生」のリメイク版の主演だったのが本作でジョン・ピーターズを演じたブラッドリー・クーパーだったというにくい演出もあった。バーブラ・ストライサンドも自分のユダヤ系らしい顔立ちを気に入っていて、それまでのユダヤ人俳優が鼻などを整形をしていた流れを断ち切った人物であったという。そういった意味でも「スター誕生」以降の影響が背景として存在している。

クーパーに限らず、ジャック・ホールデン役のショーン・ペンの胡散臭い役者の演技や、渋さを通り越してすっかりおじいちゃんになっていたレックス・ブラウ役のトム・ウェイツなど脇役も強烈な印象が残る。アラナが見せしめとばかりにホールデンを誘惑しているのに、映画のことばかり話すホールデンとのやりとりも面白い。
そしてこの映画でもう一人重要なのが、ゲイリー・ヴァレンタインを演じたPTAの作品に出ていた今は亡きフィリップ・シーモア・ホフマンの息子クーパー・ホフマンの達者な姿。父の物憂げな雰囲気とは違って、カラッと陽気な雰囲気と十代の馬鹿さや不安も内包していて初主演とは思えない貫禄がある。当然これから色々な映画に出演するはずなので、楽しみな存在だと思う。

中盤から後半にかけて若干中弛みを感じたが、前半部分の疾走感と中盤にかけてのアラナとゲイリーのズレが顕著になってくる辺りは文句なしに楽しめた。とにかく疾走感と一回り近く年の離れた男女のボーイミーツガールという点では突き抜けた感がある。年の離れた女性に憧れる男の子と、年下の男の子とバカやってていいのか?という自問を繰り返しながら自分を確立しようと奮起する女の子ではいられなくなっている女性の立場の違い。二十代中盤の女性にとって、十代半ばの頃合いなんて遠く過ぎ去ったものではあるけれど、一緒になって馬鹿をやる楽しさも忘れられない。それにしてもアラナの口の悪さは痛快で端から笑わせてくれる。ポンティアックをかっ飛ばす姿も中々様になっている。
個人的には「パンチドランクラブ」で消化不良だった部分が全て払拭された作品だったと思う。

気になったのが映画全体のカラーの質感で、フィルムが退色したような雰囲気があった。おそらく敢えて時代感を演出したものだと思われるし、カラリストが調整しているのではないだろうか。実際この映画では35mmフィルムで撮影された。特にオープニングなどフレアが映り込むシーンは白昼夢のような雰囲気がある。

そして音楽の使い方。一番印象的だったのがポール・マッカートニー&ウィングスの「Let me roll it」で、歌詞の内容とリンクしていてゲイリーの気持ちを代弁していた。こういった部分に訳詩が欲しかったとは思う。

君は何かを与えてくれる。わかっているよ。
手のひらの上で愛を与えてくれた。
この気持ちをうまく表現できない。
僕の心は車輪のよう。
転がっていくよ。
君に伝えたい。
今がその時。
君が僕のものになると
そう伝えたいんだ。
君に向かって転がっていく。

※7/13追記
2回目を観てきた。初見ほどのワクワク感は感じられず(まあ当然かな)、前半のコミカルなシーンの連続も初日ほどの観客のノリの良さは無く冷静に観てた。まあそれはいいとして、初見は後半のトラックのシーン以降がすこし冗長な気もしたが、2回目は後半以降の方がすんなり入ってきた。映画全体が程よいテンポで、2度観てもいい意味で結構あっさりと楽しめた。ラストの駆け出すシーンは初見よりも心に刺さったような気もしたし泣けた。
そして強く感じたのがゲイリーが何を考えてるのか全く分からない事だった。いや、アラナに対する想いがあるのは分かるんだけど、それでも他の女の子に気が移るんでしょ?っていう温度感だし実際そうなんだと思う。意外と最初っからベッドに突っ伏したりとあからさまに悩まされてるのはアラナの方だし、ダッシュの力み具合もアラナの方がある様にも見えた。「愛してる」と口にするのもアラナだけ。
それを裏付けるのが、劇中に出てくるソニー&シェールの話。離婚間近だった夫婦デュオのライブに旦那のソニーは来ないというくだりがあったように、エンディングでも流れるソニー&シェールの曲はゲイリーがアラナのもとを去る事を暗示してる。

ハイムのサードアルバム「Women in music Pt.Ⅲ」も超絶名盤なのでこちらもおすすめ。
映画を観た後にPV(こちらもPTAが監督)やライブ映像を観るとより世界観に浸れるのでは。


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