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ことばは見えないものにかたちをあたえる

じつを言うと、少しばかり驚いている。

来月の消費増税をきっかけに、とある老舗の喫茶店が廃業することを決めたというニュースを受けこのようなツイート(↓)をしたところ、わずか24時間足らずのあいだに130件以上リツイートされ、500あまりの「いいね」がついていたからである。

まさにぼくも17年間続けてきたカフェを来月クローズするのだが、リツイートやいいねをつけてくれた人たちの多くはかならずしもフォロワーの方ばかりというわけでもなさそうなので、単純に、ツイートの文面になにかしら思うところがあって反応してくれたということのようだ。

モイ(ぼくのやっているカフェです)の場合、お店を閉める理由は契約の更新やら自分の年齢的な問題、それに親の介護や当然だが売り上げ、また、なんといっても自分がやるしかないんじゃないかという仕事をうっかり思いついてしまったとか色々あって一筋縄には説明できないのだが、とはいえ、決して小さくない理由のひとつとして消費増税があったことはまちがいない。

多くのカフェでは、イートインとテイクアウトとが共存している。カフェは客単価が低いので、オペレーションは複雑になるが、そうすることで少しでも売り上げを確保したいというのが狙いである。

そこを直撃したのが「軽減税率」とかいう愚策だ。

イートインとテイクアウトで税率が異なることによる会計時の混乱ばかりか、軽減税率対応レジの導入という予定外の出費まで発生する始末。しかも、まず間違いないことにはあと2、3年のうちに税率はすべて10%まで引き上げられ、軽減税率ってなんでしたっけ?!という事態になるのである。まったくバカな話である。しかも増税で家計を切り詰めねばならなくなったとき、毎度まっさきにそのターゲットになるのは「ちょっとした贅沢」であって、つまるところ人は「カフェでお茶するのをがまん」する。

なんだか言い訳じみて聞こえるかもしれないが、長く続いてきた喫茶店やカフェであればあるほど、お店を閉めることに胸を痛めているのはその経営者たちのはずだ。なぜなら、そこを「居場所」として大切に育ててきてくれたお客様ひとりひとりの顔を思い浮かべずにはいられないから。

続けてあげられなくてごめんね。この心情ばかりは、まちの、とりわけ個人経営の喫茶店やカフェのオーナーにしかあるいは分からないかもしれない。カフェを閉めると決めたとき、ぼくや、そして彼や彼女は気づかされる。自分は、ただ飲食店をではなく、カフェという居場所を守っていたのだということに。

日本にもかつて、ヨーロッパのように町内のそこかしこに個人経営の小さな喫茶店が佇んでいるという時代があった。そのような店を支えていたのは、毎日入れ替わり立ち替わりやってくる町内のいつもの面々だ。
たとえば、京都を舞台にした中平康の映画『才女気質』にはまさにそんな喫茶店が登場する。仕事中、夫の姿が見えなくなったことに気づいた商家の女房が、プンプンと怒りながらいつも向かう先は町内の喫茶店。案の定、夫はそこで油を売っている。

そんな居場所としての喫茶店では、いつものマスターやママが待っている。顔見知りの常連がいる。愚痴をこぼせば聞いてもくれるが、黙っていたい気分のときには新聞を読んでいるふりでもすれば一見の客よろしく放っておいてくれる。頭の隅っこから仕事を取り除いてしまいたいとき、家庭のあれやこれやから一瞬逃げてしまいたいそんな気分のとき、あなたを受け入れコーヒーカップ一杯分の時間だけぼーっと過ごさせてくれる場所、それがまちのカフェであり喫茶店なのである。

だから喫茶店やカフェが町内からひとつなくなるということは、ただ飲食店がひとつなくなるという話と同じではない。長い階段にひと息つくための踊り場が必要なように、ひとには、仕事からも家庭からもしばし距離を置きたくなったとき、その思いを静かに受け止めてくれる居場所が必要だ。

とはいえ、自分がカフェをやっているとき、そんなことをあえて口にするのはとてもイヤだった。何様のつもり? そんな尊大な印象をあたえてしまいかねないし、だいたい照れ臭いじゃないか。
けれども、ツイートにつけられた沢山のいいねを目にして、少しばかり驚きながらも、あえて言葉にしたのはまちがいじゃなかったといまぼくは感じている。空気にふくまれる水をぼくらは目で見ることはできない。けれども、空のとても高いところで冷やされたそれは、雲となってその存在を確かに教えてくれる。

カフェを居場所として愛してくれる人たちひとりひとりの思いは、空に浮かんだ大きな真っ白い雲みたいにいまはっきりとぼくには見えている。そうして、ほんの少しだけ救われた気持ちで肩の荷を下ろす。​


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