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夫は「安定と平穏」を求め妻は「変化と冒険」を求める

更年期鬱かもしれない・・・

と思った。
イライラするし疎外感を感じる。夢見が悪かったせいもあってなんだか気分が悪い。
先日も朝から断捨離と称して片づけ物をしているうちに、何もかも要らないような気がしてきて、うっかり目の前にあるもの全てを捨ててしまうところだった。

それにずっと苛立ってもいた。
つい先日、夕食に作った「チキンのホワイトクリーム煮」を、もいちは『あまり好きじゃない』と言って半分残した。
さりげなくむかついた私は、知らんぷりをして残りを全部弁当箱に詰めてやった。

だから今日も朝からむかついていて、朝ごはんはいつもパンなのに純和食にしてやった。「根菜類の煮物とサバのみぞれ煮」これなら文句ないでしょ。

そしてふと思ったのだ。
もしかしたら『更年期鬱』ってやつなのかもしれない・・・と。
何故かこの世の中に、味方は私一人しかいなくて、周り中が全部敵で、そしてたった一人で死んでいくような気がするのだ。

朝ごはんの用意が出来て夫がいそいそと食卓に着く。
「いいお味ね」と美味しそう。

「あのさあ、本当にあれね。要するにあなたは洋食が嫌いなのよ」

「うん、あまり好きじゃない、前から言ってるじゃない?」

「でも、たまに食べれば美味しいのに、そう思ってたまにちょろって作ると好きじゃないっていう」

「多分もともとそういう味付けが好きじゃないんだろうね」

「・・・たまに食べれば美味しいのに・・・」

そう言えばそうだった。夫の好みは昔ながらの和食で、もちろん私も嫌いじゃないけど、毎日そうだと飽きるのだ。だから洋食やイタリアンや中華を混ぜる。だけど夫はそれが気に入らないのだ。そのくせ、全ての和食が好きなわけでもない。そして全ての洋食が嫌いなわけでもない。体系化出来ない好みなどいちいち覚えていられない。

イライラが収まらないまま食事を続ける。テレビでは「他拠点生活」の話をしていた。
月額4万円で登録拠点なら全国どこでも住み放題になるサービスの紹介だ。

思わずつぶやく。
「いいなあ。楽しそうで・・・」

「えー、嫌だなあ。落ち着かないよ」

「まあ、それもそうかもしれないけど、変化があって楽しそうじゃん」

「僕は安定と平穏を求めるんだ」

唖然とする。
振り返ると夫はニコニコと満足そうに笑って箸をおいた。

「そうだったね。そう言えばもいちは安定と平穏を求める人間だったね」

「うん」

にっこりと嬉しそうに頷くと、歯を磨くために席を立つ。
その後ろ姿を見送って、ふと小さなため息が漏れた。

そうか、もいちは安定と平穏を求めていて、そして今の生活に満足しているのか。

私はちょっぴり退屈して変化を求めて、日常の繰り返しに憂鬱になって孤独すら感じているのに、夫は安定と平穏の中にいて満足で幸せなのだ。

クスリと小さな笑みがこぼれる。どうやら、少なくとも私は一人孤独なわけではないらしい。この共有された生活を幸せだと思っている人間がすぐ隣にいるのだから。

もしかしたら、更年期鬱じゃなかったかもしない。

私は少しだけ幸せな気分になって朝食の皿を片付け始めた。
そしてこう思うのだ。
もいちがあまり好きじゃなかったとしても、やっぱり洋食は作らせてもらおう、と。



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