北の伏魔殿 ケースⅢ 作為と不作為 -④

不作為の結果を恐れろ

 作為の結果がどうなるかというのは、前回指摘したところであるが、一方、不作為も重大な結果を招くことが多い。熱海市の不法土砂堆積により、大勢の命が失われたことは、記憶に新しい。現在、第三者委員会で県や市の対応が検証されているところであり、詳細は不明だが、新聞報道によれば、何も対応していないということはなかったものの、県や市の事業者対応が事故が生じた原因のひとつとも考えられている。

 また、全国各地で起きた児童虐待死事件では、住民や関係機関から児童相談所に虐待の通報があったにもかかわらず、児童の死を防げなかった大半は、児童相談所の不作為にあると思う。児童相談所にも専門職員がいない、1人当たりの件数が多くて手が回らないといった事情もあるのかもしれないが、住民等の通報の中には、「このままでは児童が殺されてしまう」という切迫した案件を問題なしと判断し、結果、虐待死につなった事例などは、判断の誤りか、やるべきことをやっていなかったからとしか考えられない。

訴訟を恐れず、不認可に 

 私が二度目の許認可を担当した時、やはり土砂関連の許認可において、行政書士の資格を持ち、その法令に詳しいアウトローの事業者がいた。
 私が係長に昇格した当時は、県内では、その許認可に関連して、住民や市町村からアウトローの事業者の事業運営に苦情が申し立てられ、大きな社会問題となっていた。しかし、法令は、アバウトで詳細な技術基準もなく、県としては要綱による行政指導により事業者を指導しているのが実態だった。
 行政書士資格を持っていた事業者は、要綱には強制力がないことを知っており、行政の指導を無視して事業を行っていた。

 このため、県は、その後、条例を制定し、必要な安全基準や安全確保のための措置を講ずることを定めた。私が二度目の許認可担当時には、条例に基づいて認可をしていたものであるが、その事業者は条例の安全確保の措置を講じない計画書を提出してきた。何度かの指導の後、事業者は条例の措置を講じないことと、不認可であれば、訴訟に持ち込むと宣言した。

 私は、本庁の担当課で業務の前任者と現任者と協議したところ、前任者は訴訟を恐れて、特例措置で認可を認めるよう提案してきたが、私が現任者を説得して不認可とすることとした。内部的には、条例の制定手続きを行った法制文書課の当時の担当者から、「やっぱり、だから反対したのに」とも言われ、本庁の現課でも敗訴の可能性が高いが、不認可はやむをないとのスタンスだった。

 訴訟なので、絶対とは言えないが、私1人だけが勝つ見込みが高いと主張し、訴訟に臨んだ結果、県の全面勝訴となり、事業者は控訴せず、判決が確定した。この判決は、国の法令の定めを上回る条例の有効性を初めて認める判決であり、行政法の研究者にとって極めて興味深い研究対象であったため、複数の研究者から照会を受け、また、判例集にも搭載された。
 結局、行政がやるべきことは、訴訟を恐れることではなく、不作為によって生じる結果の重大性を恐れるべきものだということは、これまでの事例てでよくわかると思う。
 


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