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美味しい珈琲はいかが?3 二杯目

 学校にて。

 今日は日直の日。はっきり言って面倒くさい。
 だってさ、朝一番に教室に来て先生に今日の日直ですと挨拶をした後、授業の用意や昨日の掃除の不備などを直さないといけない。バイト先なら喜んでくれる人がいるから進んでやるけど、学校では張り合いがない。

 つまらない古文の授業も終わり、ようやくお昼休み。
 皆でテーブルを囲み、弁当を囲むと先生から午後から使うプリントや資料を取りに来て欲しいとの事だった。

 私はめい一杯のため息をつき、弁当を食べ終わった後に職員室へ。
 え?こんなにあるんですか?結構な量ですよ?と一応、文句を言ってみるものの君にしか頼めないんだと言われると、悪い気分ではない。

 大量の資料に視界を奪われつつも注意をしながら廊下を歩いているけど、廊下が濡れていて滑りやすいことに気づいた時には全てが遅かった・・・。

 プリントなどは大袈裟に宙を舞い、私は尻もちをついてしまった。

「イテテテ・・・。」

 慌てて散乱してしまった資料を拾いつつ纏めていると誰かが手伝ってくれる。今時の学校でも親切な子もいるもんだと顔を上げると、そこには『イケメン』の顔があった。

 田口啓介である。

 私は、ありがとうと言いつつも、余りにもきめ細やかな肌を凝視してしまう。女子顔負けの美しい顔立ちだなと思いつつ、思わず見つめてしまった。

「ありがとう。助かったわ。」
「困った時はお互い様だよ。君は2組の香ちゃんだよね?俺、田口。よろしくね。」

 あれ?なんでこの人、私の名前を知っているんだろう?

「あの、なんで・・・。」
「お~い、田口、バスケやろーぜ!」
「ああ、行くよ!それじゃあね、香ちゃん!」

 不思議に思いながらも教室に帰ってくれば、友達達が手伝ってくれる。そのまま、お昼の女子トークの再開。
 私は、さっき起こった出来事を包み隠さずに話すことにしたら

「え~、私も今日が日直だったら良かったのにぃ~!」

 いやいや、私が言いたいことはそこではなくって、なんで田口君が『私の名前』を知っているのかって事。何と言っても彼と私は接点がないのだから。

「もしかして、香の事が気になってたりして!」
「まさかぁ~。」
「あれぇ~、香もまんざらじゃないんじゃない?」
「からかわないでよ!」

 そして、今日のホームルームも終わり、日誌を付け職員室へ。
 お疲れさまでした。失礼しますと職員室を出ると声を掛けてくる男子がいた。

 田口君だ。どうやら、彼も日直だったようだ。

「今日は、ありがとうございました。」
「え?何の事?」
「散らかしてしまった資料を拾ってもらって。」
「ああ、そんな事はあたりまえだろ?困った時はお互い様さ。」

 田口君は職員室に入って行った。



 喫茶『小さな窓』にて。

「おはようございます!すみません、今日は日直だったもので遅くなりました。」
「おはようございます。香さん。お疲れ様。早速だけど、対応をお願いできますか?」

 珍しく、満席なのでマスターは接客に珈琲を淹れるのにと大忙し。急いで制服に着替えた私はお客さんの接客をする。幸いにして、皆さんブレンド珈琲だった。

「香ちゃん、お疲れ様。」

 声を掛けてくれたのは『マダム』だった。
 この人、年の割に背筋が伸び、和服姿が似合う人。笑う時はハンカチを手にするか、持っている扇子で口を隠すかといったお上品というよりも『粋』な人で、私の憧れの人でもある。

 以前に、どうしてそんなに格好いいんですか?と聞くと、沢山の会社を経営していると「舐められちゃいけない」。そう考えていると、自然と今の姿になったのだとか・・・。
 本当の私はだらしないわよと微笑んでいた。

 珍しく忙しい時間も過ぎ、いつものゆったりとした時間に戻っていた。
 後片付けをしていると、自分では気づかないうちに鼻歌を歌っていたようだ。

「香ちゃん、何かいいことあった?」
「え?何もないですよ。」
「そうなの?随分と嬉しそうじゃない?もしかして、男~?」
「そんなことないですよ。ただ、親切にしてくれた男子がいただけです。」
「あらあら、聞かせてくれる?」

 今日会ったことをマダムに着色なしで全部話すと、マダムは珈琲を一口飲んで私にこう言った。

 それは、恋なんだと。

 急にそんな事言われても・・・。でも、憧れのマダムに言われると、何も言い返せない。
 私は、急に恥ずかしくなってきた。顔が熱い。

 私の『コイバナ』聞きたい?とマダムが言って来た。自ら自分の事を話し出すのは珍しい事なので、素直に聞いてみることに・・・。

 想像通り、マダムはずっとモテてきたようで、袖にした数は覚えていないとの事。
 でも、今のご主人だけ自分から告白をしたそうで、彼の気を引くためにあれこれとしたそうだ。

「付き合った人も沢山いたけれど、本当の意味での恋はこの人が初めてだったわ。丁度、今の香ちゃんと同じような気持ちね。だから、その気持ちは大事にした方がいいわよ。」
「そうなんですか・・・。私が恋を。」
「そう。」


 その日は、なかなか眠れなかった。
 だって、マダムがあんなことを言うのだもの。意識もしてしまうもの。
 気をそらそうにも、今日の田口君の事を思い出してしまう。

 彼の優しい笑み・・・。キャー!

 私は枕に顔を押し付けて、ベッドの上をゴロゴロと身体をくねらすのだった。



 次の日。学校にて。

「香、おはよう!」
「おはよう!」

 いつもの通学路である。私達は宿題をちゃんとやった?とか、今日は体育があるからダルイわねとか、他愛もない話をしながら校門をくぐった。

 上履きに履き替えていると、向こうから田口君が歩いてきた。
 昨日の事があるから、妙に意識してしまう。私はその場を動けずに立ち止まってしまった。

「おはよう。香ちゃん。」
「おはようございます。」

 それだけの挨拶なのに心臓がドキドキと鳴ってしまい、他の音が聞こえない。

「・・・る!」
「・・おる!」

「ねぇ、香ってば!」友達の声で、やっと正気に戻った。

「どうしたの?」
「なんでもないよ!行きましょう!」

 そう言いながらも、田口君の後姿を目で追っていた。

 少し、ボーっとしながら授業を受けていることに気づく。いかんいかん。バイトがあるから学校でしっかりと授業を受けないと、勉強がおろそかになってしまう。

 こう見えて、成績も悪い方じゃないから大学進学も考えている。でも、バイトで珈琲の勉強もしたいから、家での勉強時間を出来るだけ少なくしたいのだ。

 しかし、少し気を抜くと頭の中は『田口君』でいっぱいになってしまっていることに気づくと、顔が熱くなっているのだった。


 そんなお昼休み。

「ねぇ、今日の香、おかしいわよ?」

 ドキッとした私は、慌ててそんなことはないと否定をするが、顔が熱い。

「あ~、やっぱりおかしい!白状しろ!でないと、君の弁当が私の胃袋に入ってしまうんだからね!」
「お代官様、それだけは〜!白状するから、許して!」
「ならばよし。」

 私が昨日あった事をマダムに伝えると、それは恋だからと言われたことから田口君の事を意識せざるを得ない事を、素直に白状すると、友達はキャァー!と叫ぶのだった。

 さすがは『コイバナ好き』の女子高生である。

「それで、どうするの?」
「どうするのって、その感情を大切にしなさいって言われているだけだから、何もするつもりはないよ。」
「え~、もったいない!告っちゃえよ!」
「なんで、そうなるのよ!」
「それが、自然な流れじゃない。告ちゃえ!どうせ、撃沈なんだから。」

 そう、田口君は彼女を作らない主義の男子だったのだ。


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