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美味しい珈琲はいかが?3 三杯目

カランカラン。

『喫茶小さな窓』の扉が開く音がした。

「よ!香ちゃん、恋したんだって?」

開口一番こう言ってくるとは・・・。人の口に戸は出来ないとはこういう事なのか。

「誰から・・・。マダムですね?」
「そうそう。マダムが嬉しそうに話してたよ。孫が恋したってよ!」
「私は『孫』なんですか?」
「俺達からすれば『孫』だよ。よかったな。こんなおじいちゃん、おばあちゃんが出来て。」

常連さんはカカカと笑う。

「まぁ、相手は彼女は作らないで有名な人ですから、これ以上の発展はないですよーだ。いつもの珈琲でいいですか?」

私はおしぼりとお水を出しながら言葉を返した。こういった言葉のやり取りも出来るようになって来たという事は、私も成長したのだと思う。
最初の頃は、何も言い返せなかったものね。

常連さんは腕時計を外し、裏返してカウンターに置きながら、

「告白しないのかい?あ~でも、こういうのは男から言うもんだよな。」
「そんなもんですか?」
「ああ、男は度胸というもんだ。香ちゃんはそれとなしにアピールすれば、いいんじゃないかな?」

何せ、珈琲が出来上がるまでは、豆を炒る所から始めるから、20分は時間がかかる。
だから、この間は集中しているマスターを他所に常連さんとの話に花が咲くと言うもの。
しかも、話しの内容が内容だけに、話しの終わりがない。
常連さんは、奥さんとの恋愛時代を懐かしそうに話していた。

常連さん専用ブレンド珈琲。
少し、苦めの香りと共に淹れ終わった。
常連さんは、それはそれは美味しそうに一口。まぁ、本当に美味しいんだけどね。

「私も、その話に加えてもらえませんか?」

マスターまでもが話しの輪に入ろうとしてくる。

「皆さんが『おじいちゃん、おばあちゃん』と言うのなら、さしずめ私は『お父さん』ですからね。娘の事が心配ですので。」

日頃、まじめなマスターは冗談も真面目に言ってくるんですよね。だから、真剣と冗談の線引きを理解するまで時間がかかったけど、さすがに今のは冗談と分かる。

「だから、付き合わないですってば!」

私は、照れくさいのか、怒っているのか、顔を真っ赤にしながら二人に訴えた。

カランカラン。

そこに『坊ちゃん。』がやって来た。
なんで、『坊ちゃん。』と言われているか・・・。
それは、初めてこの店に来た時に読んでいた本のタイトルが、夏目漱石の『坊ちゃん』。
それで、常連さんがあだ名を付けたわけだ。

「こんにちは。いつもの珈琲をいただけますか?」

『坊ちゃん。』は、いつものカウンターの端に座り、本を広げようと鞄を広げているのに常連さんが、また余計な事を・・・。

「坊ちゃん、聞いてくれよ!香ちゃんに『彼氏』が出来たんだってよ!」
「ちょっと、まだ付き合ってもないのに、なんで彼氏なんですか!気が早いですよ!」
「お?『まだ』と言ったね?という事は、期待してるって事じゃないかい?」
「そ、それは・・・。」

私は顔を真っ赤にしてしまった。

『坊ちゃん。』はクスクスと笑いながら、香ちゃんに春が来たんだねとからかってくるので、『坊ちゃん。』はパティシエ店長の事が好きなんですよね?と言い返すと、あっさりと好きですよ。でも恋愛感情と違って、師匠として尊敬として好きなだけですと、あっさりと躱されてしまった。

常連さん、マダムが『おじいちゃん、おばあちゃん」。マスターが『お父さん』と言っていると言うと、じゃぁ僕はさしずめ『お兄ちゃん』だね。妹の事は心配だなと言って来た。『坊ちゃん。』もノリがいい人だから、話しの腰を折らないので、私はドンドンと追い込まれてしまった。

「どれ位、好きなの?」

そんなにストレートに聞いて来ますか?もう、隠すのはやめにしよう。その方がからかわれないしね。

「気を抜くと彼の事を考えてしまいます。それに気づくとキャァーってなりますね。」

『坊ちゃん。』はクスクスと笑う。ウッ、ダメだったか。私はますますと顔が赤くなってしまい、この店の中、熱くないですかと言うと、皆が丁度いいよ、香ちゃんだけじゃない?とニッコリと笑いながら言い返されてしまった。

『坊ちゃん。ブレンド』が出来上がった。常連さんに比べれば、スッキリとしながらも酸味が抑えられた珈琲だ。

とりあえず、話しも一段落して、坊ちゃんも美味しそうに珈琲を一口飲んでいる。
私は坊ちゃんにもコイバナを聞かせてくださいよとせがんでみると、意外にも恋愛経験は少ないですよ。二人ぐらいしか付き合った事はありません。ほとんどをお菓子作りに費やしていましたから、恋愛どころじゃなかったんですよと返って来た。
坊ちゃんは見た目はシュッとしてモテそうなのに、意外に真面目なんだなと感心してしまった。

カランカラン。扉が開く音がなると、今度は『マダム』が入って来た。

今日は、どうしてこんなに面子が揃ってしまうのか・・・。またからからかわれてしまうと身構えしていると、意外にも何も言わなかったので、拍子抜けしてしまった。

『マダムブレンド』スッキリとした味わいなのに、香り高いマダム専用のブレンドだ。

「よう、マダム。今さっき俺が香ちゃんのおじいちゃんで、マダムがおばあちゃんだと話していたところなんだよ。」
「あら、香ちゃんなら孫として、大歓迎よ!こんないい子、そんなにいないもの。素直で可愛いわ!大好きよ!」

ウッ、また『コイバナ』に話しが戻ってしまいそうだ。
そんな私を察したのか、「安心して、今日は何も言わないから。」とマダムが言ってきてくれた。マダム、優しい。大好き。

「もう、遅い。」

常連さんは「散々、香ちゃんをからかった後だよ。満足、満足!」
「だから、男はデリカシーがないって言われるのよ!特にアンタ!」とマダムは常連さんに注意した。

「ちょっと待ってくれよ、俺は『おじいちゃん』として『孫』の心配をしてだな・・・。」
「それが、余計だって言ってるの!『おじいちゃん』は黙ってなさい!」
「はい。スミマセン・・・。」

常連さんはしょんぼりとしてしまった。

マダムは「でも、初恋かぁ~、貴方はいくつの時だった?」
「俺は小学生の時に先生相手だったな。マダムは?」
「私は幼稚園の頃。同じクラスの太郎ちゃん。かっこよかったのよ。皆のヒーローだったわ。坊ちゃんは?」
「僕は中学生の頃でしたね。お付き合いした同級生の子でした。」
「キスしたのかい?」
「キスというよりも『チュウ』でしたね。歯が当たってしまいました。」
「ワハハハ!初めては歯が当たるよな!」

「キスは『レモンの味』って言ってなかったか?」
「レモン、レモン!今思えば、キスは『青春の味』って意味なのよね!実際にするもんだと思ってたけど、違うかったわよね!」

常連さんたちは、青春時代に思いを馳せている。それ故なのか?私にちょっかい掛けてくるのは。私の恋と自分を重ねているんだなと思ってしまう。

皆は私をジッと見て来る。

「私はまだ、キスの経験なんてないですよ!」
「そうなのかい?最近の子って、進んでるって聞くけどなぁ~。」
「そう言えば、この間の『キューピッド珈琲』の小学生の子達は、もうしたんじゃない?」
「そうなのかもな。やっぱり、進んでるな!なんだ、香ちゃんが遅れてるだけか。」
「私は『清純派』なんです!」

カランカラン。扉が開く音がして・・・。

「いらっしゃ・・・。あっ!」

そこにいたのは、『田口君』だった。



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