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「赤い城」と「赤い寺」の赤い石

今日は、興味深い記事を拝見しましたのでそれを踏まえて一つ地理ネタを。

鷹橋忍さん(@shinobu390804) が連載されている「世界の美しい城」シリーズ。

ここに、今回は赤い城、ラール・キラーが掲載されました。
ラール・キラーはインドのデリーにあるムガル帝国時代の要塞で、世界文化遺産に登録されています。
遠目には大きさがわかりづらいですが、このように人間と比較するとその巨大さがわかります。

Wikipediaより

東南アジアや南アジア地域で、「赤」を基調とした建築はたびたび見られます。

その代表例がカンボジアにある「アンコール・ワット」

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Wikipediaより

です。
では、これらの建築物の赤の正体はいったい何なのでしょうか。

ラール・キラーの「赤」の正体

まずは、ラール・キラーの赤の正体から探っていきます。
この赤い建材は何かと見てみると、「赤砂岩」となっています。これはいったい何なのか。
この岩石の正体は、インド北西部(パキスタン国境)で採掘され、インド各地の寺院などでも用いられている赤砂岩(日本では「インド砂岩レッド」と呼ばれている)であると思われます。
インドは御影石や砂岩など、良質な岩石を産出する場所があり、タージマハル

Wikipediaより

は大理石でできています。
この白い大理石も、赤砂岩と同じ北西部ラージャスターン州

Wikipediaより

で採掘されたものです。
また、インド赤砂岩はいくつかの種類があるのですが、非常に赤が濃いことから、「ドルプールレッドサンドストーン」と呼ばれる、酸化鉄を多く含む種類。
インド赤砂岩の中でも最も耐侵食、耐候性が高く、建材として優れています。

アンコール・ワットの「赤」の正体

一方で、アンコール・ワットの赤は、ラール・キラーの赤とは様子が異なります。
こちらの赤みの正体は、「酸化鉄」「ボーキサイト(アルミニウムの原料になるもの)です。ここまでは似ている。

しかしその建材となっているのは、地理では必修の熱帯気候の土壌、「ラトソル(ラテライト土)」由来のものです。

ラトソル
熱帯の大量の雨により有機物が流され、水に溶けにくい(酸化)鉄とボーキサイト(アルミニウムの原料)が残った土壌。
有機物が乏しいため肥沃ではない。また、大量の雨に含まれる酸化物により酸性である。酸化鉄やボーキサイトは赤みを帯びているため、色は赤い。

このラテライトが「レンガ」となって使われています。

ラテライトとレンガ


レンガには焼成(焼き)レンガと日干しレンガがあります。
焼きレンガは、燃料(薪)が多く採取できる温暖湿潤地域で作られるのが一般的で、ヨーロッパなどでも広く用いられます。手間とコストがかかる分強度は高く、「焼きもの」であるため耐水性も高いのが特徴です。

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Wikipediaより

一方、日干しレンガは燃料が入手できない乾燥地域で作られます
西アジアなどで多く見られ、土に少量の草を混ぜて捏ね、天日で干すシンプルなものです。低コストで作れますが強度が低く、耐水性も低い欠点があります。アドべ等とも呼ばれます。

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つまり、本来日干しレンガはカンボジアのような多雨地域にはまったく向かない建築材のはず。

では、アンコールワットに用いられているレンガはどちらなのか。
カンボジアはモンスーン気候に属し、国土は多雨で豊富な森林資源があります。
こう考えると焼成レンガが妥当…な気がしますが、実は正解は日干しレンガ。

これは、ラトソルに含まれる酸化鉄やボーキサイトによるものです。
これらは日光に当たると固化する性質があり、日に干すだけで耐水性が高く丈夫な「ラテライトレンガ」となるのです。

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Wikipediaより

ラテライトレンガは焼成レンガに比べて圧倒的に低コストで大量生産が可能です。そのため、東南アジアや南アジアではこれを大量に使った建築物が量産されました。
これらは安価であり、一般住居にも広く使われたのです。

アンコール・ワットの場合は、このラテライトレンガ以外に、固化したラテライトを大きく石材として切り出したものや、その他の砂岩も用いられています。
ラテライトレンガは最初期(10世紀以前)の部分に多く使われており、規模が大きくなるにしたがって建材に高価なものが使われたのではないかと推測できます。

ラテライトの困った性質

ラテライトの性質は、建材としては良いものの、困った部分もあります。
ラトソル土壌の土地の表面は、日光に当たると固化してしまうからです。
これは、農地利用をしようとする場合には不都合でしかありません。

そのため、この地域の農業は常に固化する土壌との戦い。
一見、温暖多雨地域で農業に適すると思えても、ラトソル土壌はかなり厄介なものであることがわかります。
同地の農業が労働集約的(多くのマンパワーを投下する農業)である一因とも言えそうです。

また、熱帯雨林を大量伐採すると、地表面が固化してしまい植生の再生が困難になることもあります。


今回は「赤い土」「赤い岩」についてのでした。
ラトソルは地理の定番ですが、こんな話から理解するのもありかもしれません。



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