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君たちはどう生きるか公開初日考察メモ

宮崎駿監督の最新作。
前情報なしの公開だったので、じゃあせっかくだから周りの情報を完全にシャットアウトして、公開初日に映画を見ようとチケットを取りました。

夫に子どもを任せ、家を出たのが夕方五時半。
いつもなら夕食を終え、子どもたちを風呂に入れる準備をしている時間。こんな時間から一人で外に出るなんて、いつぶりだろう。

すっごくドキドキした。
私にとってはこれは夜遊びも同然。
生まれたての雛のような、男女同衾初夜のような、そんなそわそわした気持ちで電車に乗り込む。

華金に賑わう夏の夜の光景ひとつひとつにドラマがあるようで、私は努めてポーカーフェイスを保ちながら、いちいち心のなかで感動していた。

目的の駅に着いたら、まずは腹ごしらえのため人気の寿司屋に並ぶ。行列に並ぶなんて、子連れじゃなかなか出来ないことだ。そのうえ、カウンター席にだって座れちゃうから、早々に店内に通してもらえた。ああ、全てが久しぶりの、この感覚…
嬉しいし美味しいし、バクバク食べてたら会計は4000円を超えた。

夫に懺悔のメールを送りつつ、映画館でジュースを買い、万全を期して映画館の椅子に座る。
見渡すと会場は満席だった。

隣は仲の良さそうなカップルだったけど、私は一人で映画を鑑賞した。びっくりドキドキのシーンでは隣の彼女さんが彼氏さんに毎度くっついていたけど、私は一人で歯を食いしばって驚きを噛み殺した。

一人でも、見に行ってよかった。
むしろ一人で良かった。
集中して駿監督の世界に浸ることが出来たし、帰りも余韻に浸りながら帰る事ができた。

べつに泣いてないし。




さて、というわけで、ここからはゴリゴリにネタバレしていきます。
まだ見たくない人は必ずブラウザバックしてください。

私もまだネタバレを見ておらず、せっかくならピュアな状態の感想をメモしておいて、それからネタバレを見ようと思います。

(ピュアピュアな感想文なので、諸々何卒ご容赦くださいませ)

ちなみに最初手の感想

考察なんて無粋だけど、それでも考察したくなる。それが人情ってもんじゃぁないですか。


【箇条書き考察】


・まず、あの覗き屋のアオサギは何者なのかというと、いわゆる案内役なんだろうと思う。「それ」を追いかけていたら迷い込んでしまった、という展開の案内人。カルシファーやジコ坊も、そういう側面がある。
ちなみに、あのブサカワっぷりが本当にジブリらしくて良いですよね。もう大好き。生き物の醜さや怖さを内包したうえで、なおその生き物の愛しさが表現されている。

・序盤の緊張感! 久石譲をビンビンに感じた。不穏な空気を演出しまくり。

・過去作を彷彿とさせるシーンがたくさんあって、たまらん。
千と千尋の駅のような、無音の空間。ハウルで出てくるような、星の降る草原。カオナシのような、船を漕ぐ死者。紅の豚のような、海を臨む庭のあずま屋。ラピュタの地下道のような、石のトンネル。
どんぶりに全部乗ってて全部美味い。

・原作があるからか、序盤の主人公の心理描写は割愛気味。ジブリならそのへんもうちょっと丁寧にやるかなと思ったのだけど、深刻なのも似合わないしね。しかしあまりにも淡々と、さも当然かのように自分の頭をかち割っていくもんだからおばちゃんびっくりしちゃったわよ。

・あの行動は確かにパッと見狡いけど、でも本質は切実な心の叫びであって、可哀想になあ、と思う。しかし、たとえそれが切実な叫びであったとしても、結局はそれが、生き物の避けて通れない「汚れ」であることには変わりない、ということなのだろう。

・継母。妊娠したことのある人なら皆違和感をもつだろう、あのシーン。見た目めっちゃ細いし、妊娠してたとしても絶対胎動なんか感じないだろう時期なのに、「触ってみて、動いてるのわかる?」と主人公に腹を触らせる。結婚指輪がギラつき、主人公が嫌悪感に顔を歪ませる。
いやお前、確信犯やん。動いてるわけないねん、つわりの時期なんか。やのに連れ子に妊娠をアピってくる、女の闇。(そして父の同情をかいたくて自傷する主人公)

・継母の話になると、何度も「お父さんが好きな人なんです」というセリフを繰り返す主人公。継母が下着で森に入っていくのを気にもとめないシーンは、残虐でありつつ信じられないほどさりげなかった。

・ばあちゃんとじいちゃんの対比
おばあちゃんズ→生命力がすごい。まず人数が多いし、食事への執念もすごい。妖怪かと思うほど表情豊か。主人公を守る力がある。
おじいちゃんズ→霞食って生きてんのか? ってくらい静かで影がうすい。信用はされる。

・炎とともに蘇る母への思い。その涙にも自傷行為にもつけ込み、煽ろうとしてくるアオサギ。

・水には沈み、火は結界をはる。

・ワラワラという、ただただ可愛いだけのキャラクターが降臨。キモカワ・グロカワの跋扈するジブリ世界観のなかで、可愛すぎて逆に浮いている。これは、生まれる前の「極めて汚れのない状態」を表しているのかなと思う。ただただ可愛くて汚れのない生き物は、時間とともに汚れ、キモカワになっていく。しかしそうして汚れ、殺生をするからこそ、新しい命が生まれるという不思議な循環。

・ワラワラの登っていく様は、カエルの卵のような、DNAのらせん構造のような、精子のような…

・しかし生まれる命を「間引く」ペリカンのような存在もいて、それを追い払おうとすると、罪のないワラワラまで一緒に犠牲になる。自然淘汰や天災を表しているような一幕。

・ペリカンの死んだあと、主人公は穴を掘る。おそらくペリカンを埋めたのだろうと思われるが、朝になると主人公は完成した井戸から水を汲んでいた。命は土に還り、そこから湧いた水を飲む。これもなにか思惑がありそうなシーン。

・父親は軍需で金を得ている様子。家に持ってきていた大きな部品は、あれは特攻の飛行機の窓にしか見えんかった…。そして学校に車でのりつける嫌らしさ。家族を助けようと必死になる姿。人間のどうしようもなさを体現したような父親もそれはそれで重要な人物。

・壊れた船や飛行機で死者の世界を表す、駿さんあるある。たしかに切ない気持ちにさせられる。

・姉妹の関係。妹はお姉様と呼び、姉も妹を思っている様子なのだけど……産屋で「こっちへおいで。いい子ね」と姉が呼びかけ、素直に従うかと思われた妹が謎の波動砲で姉を気絶させる。妹の反逆。

・なぜ、継母なつこさんはこんなに産屋を出たがらなかったのか。それは、命が定着するのを待っていたからなんじゃないか。つわり時期はまだ妊娠が継続できるか不安定な時期。「ここ最近ワラワラを飛ばせてなかった」とキリコさんが言ってたことから、なつこさんのお腹にはまだ本格的に「命」が宿っていないかったのではないか。そして産屋で命を待っていたのではないか。っていうかなんならつわりも嘘で、妊娠すらまだだったのではないか。だって、寝室に父親のジャケットがかかっていたから。これは布団(の中)に父親がいるという暗示で、子作りなうですよということだったのかもしれない。

・崩れる塔を脱出するとき、キリコさんの顔を見てなつこが安堵したように微笑む。この二人が絡むシーンはなかったように思うので、やっぱりこの二人の間に、「ワラワラを飛ばす(新たな生命を送り出す)使命を持った人」と「命を授かった人」という関係性があるんじゃないかと思ったりする。

・だから、主人公が、産屋で新たな生命を待つ継母なつこに「なつこおかあさん」とまで言って現世へ連れ帰ろうとしたのは、腹違いの赤ちゃんを産まないでほしいという意味にも取れるし、主人公と一緒になって産屋から出ておいでと言ったヒミ(主人公の実母でありなつこの姉)は、息子を守るために妹に妊娠を諦めさせようとして、妹の怒りを買ったとも取れる。

・結局、主人公は無事に継母を連れ戻せたけれど、明確に継母と和解をしたふうではない。
え、それでいいの?
きっと、主人公にとってはラストの実母の言葉のほうが大事だったんじゃないのかな。「でも、戻ったら病院が火事になって死んじゃうよ」という主人公に、「わたし火には強いのよ。それに、あなたを産めるなんて、最高じゃない」と実母。うろ覚えだけどそのようなことを言っていた気がする。きっと主人公は、これを聞くために塔に入ったんだと思うし、彼はこれを胸に強く生きていくんだと思う。



・中盤の島の光る門に書いてあった「私を知るものは皆死ぬ」みたいな文言、あれはなんだったんだろう。結局墓の主というのが何だったのかわからないんだけど、私の理解力不足なだけかしら。それともあれは、知ってはいけない存在や畏怖の対象を表しているのかな。

・キリコさんも頭に傷があって、沼頭?にやられたとか言ってた気がするんだけど、沼頭ってなんだっけ。アオサギのこと? だとしたら、一度キリコさんも案内されたことがあるよ、ということを示していたのかな。

・食べるの大好きなインコ、鼻息荒くてワロタ

・インコの城に入るとき、「俺が引き付けてるあいだに!」ってアオサギがインコ引き付けてくれて主人公が城に入るんやけど、昔の駿さんならそこからドキドキワクワク冒険展開が始まるはずやのに、今回はもうそういうのじゃないねん、っていう展開でなんかウケた。

・インコは赤ちゃん食わないし、ヒミも食材扱いじゃなかった。汚れのないものは食べないということでいいんかな。

・恒例の(?)駿を探せクイズ。さて登場人物のどこに駿さんが隠れているでしょう、と問われれば今回は簡単なんじゃないだろうか。
大叔父でしょ??
そして、なんなら私は、あの塔じたいが「ジブリ」という組織なんじゃないかと疑ってさえいる。

・没頭しすぎて頭がおかしくなった塔の主(駿さん)。空から振ってきた塔(アイデア)を守りたくて工事して、何人もを犠牲にした(ブラックな労働環境)。積み木のギリギリのバランスで成り立っている世界(駿さんの神業で仕上がる作品)。そして、大叔父に会えて嬉しがり、その世界が崩れていくのを大いに嘆いたヒミ(ファン、あるいは駿さんのお気に入りスタッフ、または奥様)。
主人公(吾朗さん)に、世界(ジブリ)を引き継いでほしかった。けれど現世に返さなくてはと約束した(一度諦めた)。はずなのに、苦労して自分の見つけた至極の積み木(これまでの経験知)を主人公(息子)に見せてやっぱり食い下がる。でも主人公に、自分は汚れているのでこの世界は引き継げないと固辞され、インコ(血の繋がっていないスタッフ)の王がトライするも、積み木は全然積むことが出来ない(誰も真似できない)。

・そして崩壊する塔。
これまでジブリは「異世界」はどこかで続いているんだなと思わせてくれる作品ばかりだった。けれど今回、ついに異世界は崩壊して消え去ってしまった。これはジブリの終焉を意味しているんじゃないのかと、そんなふうに思えてしまった。


いや悲しい!
そんなの悲しいよう。

だけど、だけど、いつかは駿さん最後の作品というのが来るわけで、そうだとしたら今回の作品は、間違いなく最後にふさわしい作品なんじゃないかと思ったりして。

もちろんね、ファンとしては「やっぱりまだ作ります」が聞きたいし、またかーい!ズコー!って何度でもやりたい。
どんだけヨボヨボの作品でもいいから、駿さんの作品が見れたらそれだけで嬉しい。

前回の、「風立ちぬ」のときは最後っぽくなかったんだよね。やりたいことの一つをやった、という感じで。集大成っぽくはなかった。

だけど今回はなんだか集大成っぽくてさ。
すごく切ない。

面白かったけど、ちょっと深読みしてそんな気持ちになったりもしちゃったな。

なあ、飛び立つなよアオサギ……
お前なんだか、鈴木敏夫さんに見えてきたわ。

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いつもありがとうのかたも、はじめましてのかたも、お読みいただきありがとうございます。 数多の情報の中で、大切な時間を割いて読んでくださったこと、とてもとても嬉しいです。 あなたの今日が良い日でありますように!!