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彼女は元タイムトラベラー

棘のある言葉。冷たい言葉。一日の終わりにふとよぎるのは圧倒的に嫌な言葉が多い。また時間を遡ってその時の気持ちを思い出してしまう。なんて再現性の高すぎる言葉だろう。流れるビルの街を見ながら彼女は思う。

「それは効率が悪い言うとんねん。いくら案件につながってるん?」

ものの数秒の出来事。その言葉の意図をうまく理解できなかった。目の前にはすでに苛立っている語気の荒い上司がいる。

ゴリゴリの関西弁ってやっぱりきついかも、と思いながら唇を噛む彼女。

「はい・・・・。」

「一人でこんだけできますよって、そろそろ周りに存在意義見せたぁないですか?」

「頑張ってます。。。(存在意義??)」

「頑張ってるのは分かってんねん。自分で仕事を取りにいかんと。方や忙しくて、方や暇。じゃぁ、補い合っていった方がいいと思いまへんか?」

「そう思います・・・・。(暇人扱いかよ~方向性が欲しいのよーまず、その言い方何?)」

「できることをやればええねん。臨機応変にやってください。」

(はあ....)

上司から放たれる言葉の棘をつぎつぎと真正面から受けてしまう。避け方が分からないのだ。聞きたいことはあるのに空気感に圧倒されて聞くことができない。

いつの間にかビルは無くなり、月明かりの光る川面が見えてきた。

こうやって何度も時間を遡っては自ら心に棘を差す。彼女は本当にタイムトラベルが得意だ。

これまでの彼女はこうだっただろう。でも今日の彼女は少しだけ違う。



「.....それは効率が悪い言うとんねん。いくら案件につながってるん?」

ゴリゴリの関西弁ってやっぱりきついかも、と思いながら唇を噛む。怖気付いてしまっては「理解できた」と勘違いされてしまう。彼女は小さな決心をする。

「はい・・・どうすることが効率が良いのか教えてください。週にどのくらいの割合で、とかありますか?」

「できることをやればええねん。臨機応変にやってください。」

「例えば、こっちとこっちが重なったときはどちらを優先すればよいということですか?(だからその臨機応変とは何かを聞いてるんです!)」

「一人で行って来たらええやん。こんだけできますよって、そろそろ周りに存在意義見せたぁないですか?」

(は、はぁ。話すり替えられた・・・)

その後も何度か質問することを試みる彼女。でも聞きたいことがなかなか伝わらない。こんなにも話がうまく通じない相手と話すのはお互いに疲れる。如何にも冷静に。でもその態度がいつも上司のプライドを傷つけるのかもしれない。今回は失敗だ。

そして気付く。伝わらないのではなく、聞く気がないのだと。残念だけれど聞く気がないのだと。そして今の上司のマネジメントスキルでは円滑なコミュニケーションが難しいのだと。

上司だから、部長だからといって完璧な人はいないし、スキルアップを図っていなければ当然会話の質も下がる。

できないことを責めるほど嫌な人間じゃない。仕方ないこともあるようだ。私が上司を期待してしまっていただけだ。

「今日は何を作って食べようかな~~」
得意なタイムトラベルを辞めた彼女は、流れるビルの街を見ながら思う。




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