スケジュールに穴が空いたみたいな、そんな穴が心に空いた。だけだった。

7月2日。
今日、恋人と別れた。


人生で初めてできた恋人だった。



出会いは就職活動だった。
リモートで3ヶ月ほど顔を合わせて就活を共にやっていた中、会える距離に住んでいるという理由だけで会ってみた。

直接会ったあの日、わたしはこの人を恋人にしたいとおそらく思ったんだと思う。
LINEの返信速度が速くなったのが自分でもわかった。

人を信じることが苦手なわたしは、彼からの好意を思わせぶりだと思って、家に帰っては失恋ソングを聞いていた。


直接会ってから1週間後、告白をされて付き合い始めた。

あの日の気持ちは今でも覚えている。

嬉しくて嬉しくて、口角が上がるのを我慢できないほどだった。

あの日交わした会話も覚えている。

彼は言った、「俺は絶対に俺から振ることはない」と。




7ヶ月経たない頃だった。

ここ2、3週間は会っていなくて、電話もしなかった。

会わないことでお互いに気持ちが冷めていたのだとわたしは思っている。

それまでにたくさん不満はあった。でもそれを彼に伝えることはできなかった。喧嘩や言い合いは昔から嫌いだ。それが怖くて何も言えずに、ただただ友達に愚痴を言っていた。


久しぶりに会う日の前日、

「明日16時くらいからがいい」

とLINEが届いた。

わたしはせっかく会えるように時間を作ったのに16時まで暇になってしまうことが悲しくて、

「わかった」

とそっけない返信をした。



会う日の朝、泣きながら目が覚めた。

彼と別れる夢を見た。

わたしはその時の感情を

“嘘みたいに地獄で、でも天国のような夢を見た”と綴っていた。

別れるのは辛い、けど、今のわたしにはそれが幸せなのかもしれないと心の底で思っていたのだと思う。



会う時間までなんとか時間を潰して彼の家に向かった。

「ご飯、どうしようか」

自炊は面倒なんだよね、と彼はつぶやいた。

次の日も遊ぶ予定だったから、今日はてっきり自炊をするのだと思っていた。


近くのお洒落な定食屋でご飯を食べてからお散歩をした。

その時

「〇〇(わたし)は就職地元でするでしょ?どうする?」

と言われた。

この時は別れを切り出されるとは思っていなかった。

「どうするって…どうしようか」と答えにならない答えを返した。

もう一度彼は言った。

「俺たちどうする?」


どうしようか。

わたしの想いはただそれだけだった。

遠距離でも一緒にいたい、わたしの地元に来てよ、わたしが東京に行くよ、何とでも思えたはずなのに、それらを一つも思わなかった。

ただ、彼のこの言葉を聞いて、今日見た夢を思い出した。

それに気づいた瞬間、

「えっ?待って何?!」と大きな声を出してしまった。

彼はわたしの大声にびっくりして、「え、何かいた?」と不思議そうな顔をした。

なんでもない、そう返すしかなかった。


もう少し歩いて彼の家に近づいた頃、

別れを切り出された。

内容はよく覚えていない。彼が最後に言いたいことを察して体の奥が熱くなっていく感覚だけを覚えている。

就職したら、このままだと難しい。だから、別れるなら今なんじゃないか。

そんなような内容だったと思う。

すぐにわたしは返した。

「実はわたしも思っていて、就職後、というより、今の関係で我慢していることが多くて、そろそろ耐えられないなと思うことがあったから。うん、今がちょうどいいね。二人でそう思っていたんだし」

こんなような内容を。

声が途中で少し震えてしまったけれど、泣くことはなかったし、悲しくもなかった。

体の表面にまで熱が伝わることもなかった。



彼の家について、バスの時間までの40分、少しだけ話をした。

基本的にいつも片付いている彼の家は今日汚かった。空のお酒の瓶、おつまみのゴミ、脱ぎっぱなしの靴下。

彼が別れたい理由は、

就職後の遠距離が耐えられないこと、

優先順位が仕事や仕事仲間の方が上になってしまったこと、

ものすごく強いて言えば、性格が合わなくて退屈だと感じることがあったこと。

わたしが無理やり吐き出させた部分も含めてこの3つだった。

「〇〇はいい子だよ。でも環境が違すぎた。方向性が違っていた」

そう呟く彼に

「いい子って、一番言われたくない言葉」と返す。


わたしは彼に何と言ったか覚えていない。

不満があったこと、

性格というより、ただ単に相性が合わなかったこと、

わたしに興味ないんだろうなと薄々思っていたこと、

わたしより仕事や仕事仲間との飲みの方が大事なんだなと思っていたことを伝えた。

「ちょうどいいね」

私たち

こんなところでタイミングが合うなんて。



別れてから彼の家にいたあの時間、

彼は彼氏でもなく、友人でもなく、

ただの他人に見えた。

そんな態度だった。

わたしのことはまるで地べたを歩くアリのように思っていると感じた。




悲しくなると思ったけど、悲しくならなかったし、涙も全く出てこなかった。


ただ、スケジュールに穴が空いたみたいな、そんな穴が心に空いた。

だけだった。

悲しくもなく、ただただ

あ、空いてる

という感情だけが残った。




今日は彼の家に往復1500円かけて行き、ご飯を食べて別れるだけだった。

そんなことだったら二人の家の真ん中の駅で合えばよかったのに。そんなことしか思わなかった。



今は失恋ソングを聴いても、どこか他人事だ。

まるで、わたしから別れを切り出したかのように。


でも失恋ソングを聴いて、これだけは共感した。

“不幸になってほしいとは思っていないけど、幸せにはならないでほしい”

と。



「幸せにする」

そんな彼の言った言葉、彼はもう忘れているのだろう。

やはり恋愛における告白やクサイ台詞は全て簡単に破ることのできる口約束にしか過ぎない。




結局別れを切り出したのは彼からだったから今の彼のLINEの名前は“嘘つき”と表示している。

数ヶ月後に気づいた時には普通に戻していると思うけど、とりあえず今はそうさせて。











心のどこかで

後悔させたい

そう思ってる。






7月2日。

今日、初めて元彼ができた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?