『落研ファイブっ』(34)「夏とビーチと蝉丸と」
五月の日差しが、男子高校生たちの足元をまぶしく照らしている。
〔多〕「Noway(ありえねえ)! ビーチサッカーだよ裸足でやんなさいよ」
〔仏〕「無理だよこの砂質見ろってば」
きらきらと初夏の日差しを浴びて、白い砂浜が光っている。
〔長〕「ビーチサッカー用に整地された場所じゃないから、裸足はだめですよ」
天河と長門に服部は、しっかりジョギングシューズにハイソックス着用だ。
〔多〕「シュートは打たずに三対三で。プロレス同好会の諸君、松田君にくれぐれもケガの無いように。一億円の損害だからね。松田君もエキサイトし過ぎないように」
〔服〕「そう言うブックとアングルですか」
〔長〕「松田君をケガさせずクリーンに潰せと」
〔天〕「心理戦は既に始まっている。一億円がなんぼのもんじゃい」
天河はオレンジ色のボックス型水着からむき出しになった大腿四頭筋を膨らませた。
※※※
〔天〕「あっ、汚ねえ!」
スローインの素振りを見せながらキックインでボールをピッチ内に蹴り入れたシャモに、プロレス同好会はおかんむりである。
〔多〕「今のはファール。フェイクNGだから」
〔シ〕「何そのルール。嘘だろ?! え、松田君本当なの」
〔多〕「何で俺の言う事は信じないで、松田君の言う事は信じるの」
フリーキックを指示されたプロレス研究会は、ゴールも無いのにどうするよとぼやいた。
〔シ〕「とりあえずこのエリアが仮想ゴールとして軽く蹴ってみて。俺ゴレイロ役やる」
〔天〕「壁は作らないの」
〔松〕「ビーチサッカーは、壁は作れません」
そうだったと口々に交わしながら、プロレス同好会はボールを持ってうろうろした。
〔長〕「砂山を作ってからボールを置くのは何でだろう」
首をかしげながら砂山の上にボールを置いた長門は、『飛ぶぞ!』と叫んでFKを蹴った。
〔シ〕「軽く蹴ってって言ったじゃん。無関係な人に当たったらどうすんだ」
思い切り太ももにボールがヒットして、シャモはしゃがみ込んだ。
〔仏〕「鞭みたいな音がしたな」
〔多〕「サイド交代」
多良橋の指示に、一同は『もう?!』と口々に声を上げた。
〔シ〕「砂で全然ボールが進まねえうちに終わった」
〔仏〕「熊五郎さん達とやったミニゲームの時より、ずっとボールが転がらねえ」
〔松〕「FKかPKで一発狙う他ないですね」
〔餌〕「とりあえずリフティングやってみましょうって」
松尾に代わってピッチに入った餌は、リフティングの練習を始めた。
〔餌〕「難しい(>_<)」
〔下〕「お玉でたまごをすくう感じっす」
お昼寝タイムを終えた綾小路君を三元の元に預けてボールに近づいた下野が、ボールを足の甲に乗せてふわっと空中に投げた。
〔下〕「羽根つきみたいなイメージで」
〔松〕「足つりそうっ。足の指を思いっきり反らすんだね」
〔仏〕「これ足の指の長い奴が有利だろ」
〔長〕「やっぱりサッカーとかなり勝手が違う」
〔服〕「ゲーム以前に、リフティングと浮き球を徹底的に練習するのが先決っすね」
小柄ゆえに足も小さな餌は、足の指を思い切り反らす時点で圧倒的に不利である。
〔多〕「そうだな。休憩をはさんでからリフティングと浮き球対策だな。綾小路君用に特製クランブルを持ってきたから、とりあえずおやつタイムにしよう」
※※※
綾小路君は、クランブルを差し出す多良橋と下野を不安そうに代わる代わる見た。
〔餌〕「あーちゃんの危機感は正しい。このオジサンは、仏像が小学生の時からロックオンしてた変態教師だからね」
〔多〕「人聞きの悪い事言わないでくれる。サッカーとウィンタースポーツが大好きなだけなの。特にスノボ」
綾小路君が再び下野を見上げた。
〔下〕「あっ、おいしい。ほらあーちゃんもどうぞ」
兄である下野が食べた事に安心したのか、綾小路君もクランブルをこぼしながら食べ始める。
〔多〕「あーちゃんかーわーいーいーなー!」
〔綾〕「ハヤトだめーっ」
〔多〕「ぬおあっ!?」
多良橋がとっさにクランブルをカバーで隠すと、トンビのハヤトはちっと舌打ちをしたかのように上空へと飛び去った。
〔多〕「油断もすきもねえな。皆もとっとと食え」
綾小路君にクランブルを食べさせてご満悦の多良橋は、試合動画に見入っている。
〔下〕「やっぱり浮き球のパス繋ぎが出来ないときついっす。後はスローインでどれだけ飛ばせるか」
〔多〕「ボディコンタクトはあるにはあるが、球離れを早くすれば逃れられそうだな。政木は競技違いとは言え、ワールドクラスの実力者だから勝負勘はあるし」
〔下〕「スノボであんな大技をいくつも出来るなら、オーバーヘッドはすぐに出来そうっすもんね。プロレス同好会組はさすがにフィジカル強いし」
噂をすれば何とやらで、プロレス同好会が手洗いから戻って来た。
プロレス同好会の三人は揃いの服装―水泳用キャップ/ぴっちりしたボーダータンクトップ/ボックス型水着/白ハイソックス―である。
並んで歩くプロレス同好会の三人を見て、餌が吹き出した。
〔仏〕「何がおかしい」
〔餌〕「名は体を表すってこの事だよ」
〔シ〕「デッサンの時点で目測間違えたまま仕上げた感じ」
〔餌〕「そうじゃなくて、天河君の配色。良く見て下さいよ」
ぐふふと声をもらす餌の隣で、下野が目をキラキラと輝かせながら天河に声を掛けた。
〔下〕「あれオランダの代表ユニっぽくて良いな。天河さん。そのユニどこで売ってるんですか」
〔天〕「これは女子プロレスのアイドルユニットコスの男性用レプリカ」
〔長〕「天河はあさひちゃん、俺はつきちゃん、服部はくもちゃんのレプリカ。ほら」
アイドルと聞いて、それまで退屈そうにしていた三元がのそりとタープから出てきて、長門のスマホを下野と一緒に覗き込んだ。
※※※
〔三〕「ビーチサッカーって音楽掛けながら試合をするんでしょ。だったらこれ掛けたらどう?」
練習を再開すると、三元が意外な事を言い出した。
〔仏〕「出囃子じゃねえか。こんなの試合会場で掛かるわけねえ」
〔三〕「じゃ、これで」
〔松〕「昔のマジックショーで使われそうな。出囃子よりは合うでしょうが」
三元はむうと顔を膨らませると、とあるBGMを大音量で流し始めた。
〔シ〕「これこそダメだろ」
〔餌〕「案外合ってますって。ほらここの『タン・タン・タンッ』って辺りで軽ーく羽子板みたいにリフティングっ」
〔仏〕「餌いつの間に上達してやがる」
〔シ〕「さすが驚異の学習能力。ギフテッド恐るべし」
餌が『タン・タン・タンッ』と口ずさみながら右足でリフティングをこなす脇で、松尾はベースコードと効果音を即席で付けた。
〔仏〕「松尾の文化祭の出し物はヒューマン・ビートボックスと声帯模写で決まりな」
〔松〕「お断りします」
松尾の拒絶に、仏像は首を横に振る。
〔下〕「餌さん、左はいけますか」
〔餌〕「うわーっ。二回か」
〔下〕「逆足の練習なら、足指じゃんけんとタオルギャザーから始めると良いっすよ。俺もそれでかなり矯正したんっす」
下野はTシャツを脱ぐと、タオルに見立てて足指でつまんで引き寄せた。
〔三〕「それ老健のリハビリでやるやつだ」
〔仏〕「何で老健のリハビリがぱっと思いつくんだよ」
砂浜に座って上半身裸になった面々は、一心不乱に自分のTシャツをつかもうと悪戦苦闘している。
〔多〕「俺これ割と得意。ほらっ」
〔天〕「その年齢でその腹直筋はすげえ」
〔多〕「褒めて褒めて。褒められると伸びるタイプなの♡」
きゃっきゃしながら多良橋がタオルギャザーを披露すると、綾小路君が真似をしてTシャツを脱ぎ始めた。
〔下〕「あーちゃん、お兄ちゃんのTシャツ使って」
〔綾〕「いやーっ。お揃いーっ」
ぐずりながらTシャツを脱ごうとする綾小路君を制すると、下野は砂まみれのTシャツを着て綾小路君をだっこした。
〔シ〕「俺の小三の時ってもっとふてぶてしかったような」
シャモが、ぐずる綾小路君を不思議そうに見た。
〔下〕「三月終わりの生まれなんで」
〔三〕「可愛げがあるのは良い事だけどよ」
〔仏〕「友達は」
〔下〕「それが、同級生からは浮いちゃってるみたいで」
綾小路君は『友達』の単語に反応したようで、不安そうに下野にしがみついた。
〔下〕「鳥や貝の名前や見分け方とか昔の地名とか一杯知ってるんすけど、周りと話しが合わんらしくて。あーちゃんは天才なんよ」
綾小路君は至っておっとりとうなずいた。
〔松〕「ゲームはしないの」
〔綾〕「分からん」
〔下〕「普通のゲームはせんけど、坊主めくりが得意なんよ。蝉丸がお気に入り」
〔仏〕「だったら今度上毛かるた持って来てやれよ」
〔松〕「上毛かるた?! 何で知ったんですか」
松尾は信じられないものを見るように仏像を見た。
〔綾〕「蝉丸おる」
綾小路君がおずおずと松尾にたずねた。
〔松〕「蝉丸はいないけど、田山花袋はいるよ」
〔仏〕「田山花袋は完全にR指定!」
〔綾〕「蝉丸おらんの? じゃあいらん」
綾小路君は興味を失ったように、再び下野にしがみついた。
【これやこの 行くも帰るもわかれては 知るも知らぬも逢坂の関 (蝉丸)】
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/8/10「34・35」統合改題および一部改稿 2023/11/20 一部再改稿)
https://note.com/momochikakeru/n/nef6dc7009a8e
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