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乾いた音、熱い気持ち #書もつ

熱さとか勢いとか、それだけではここまで書ききれないだろう。僕は、何かすごいものに出会ってしまったかも知れない。

物語が始まってすぐ、僕は思わず天を仰いだ。


毎週木曜日は読書の記録を書いています。小説を中心に、おすすめしたい作品を。

今年もどうぞよろしくお願いします。


作家さんの顔を知ることから始まる作品との出会いは、かなり特殊な順番だと思う。

昨年の10月下旬、都内で開かれたnoteの創作大賞の授賞式で、なんとなく手持ち無沙汰だった僕に声をかけてくださったのが、今作の書き手、小説家の谷山走太さんだった。

名前のように精悍で、好奇心旺盛な印象。こちらの不躾な質問にも気さくに応じてくださった。そして、僕は受賞した作品を読んでいなかったことを悔やんだ。

受賞作は早々に読んで、さて実際のお仕事である作品を紐解こうとしたところで、聴く読書のリストに、谷山さんの作品が並んでいた。嬉々として再生ボタンをタップすると、アニメを観ているかのような世界が広がった。

ピンポンラバー
谷山走太

ピンポンとは、卓球のことである。大学生になって、中国語の授業の時にピンポンは中国語の音だと知った。

ラバーとは、Loverのことであると思うが、卓球のラケットに貼ってあるものもラバー(rubber)だったなと余計なことを思い出してしまった。

スポーツにおける熱さは、力強さ、スピードの速さ、動きの大きさなどで表すことが多い。飛び散る汗なども、そんな印象かも知れない。

果たして卓球はどうだろうか。

身体同士がぶつかったり、先を争って走ることもない、筋肉を鍛え抜いて強くするよりも、しなやかに動くことが求められる。

小さく、あまりにも軽いボールを追って、ただ腕を振るい、手のひらほどの大きさのラケットで打ち合う。小さなスペースで、それほど大きな動きを見せないこのスポーツを、文字で、声で感じる時間は、未知との遭遇でもあった。

僕は運動全般が苦手なので、卓球を気軽にできた試しがないのだけれど、卓球はやや地味なスポーツかも知れない。しかし、そのスピード感や緊張感には、対戦という言葉が似合う迫力がある。

天才、非凡、異次元、優れた存在につけられる熟語はどれも魅力的だ。おそらく、ライトノベルという舞台だからか、特徴的なキャラクターばかりで、おおよそ身近な存在とも呼べるような“普通”はなかったように思う。

設定そのものが、もはや卓球の世界であり、卓球以外のことが書かれていないのに、それはいつの間にか読み手の中で不問になってしまう。読み手が、彼らの卓球ドラマに没頭するのだ。

谷山さんは、作品を書くときには「自分の書きたいことを書く」と仰っていた。その原動力は、かつての自然災害であった。凄まじい被害を目の当たりにして、死んでしまったら何も残らない、そんなのは嫌だ!と小説家を志したのだそうだ。

だからといって、簡単に物語が書けるわけではないはずだ。この作品も、かなり緻密な知識と、突き動かす熱量が、信じられないくらいバランスよく混ざり合っていた。

難しい言葉はない(対象読者は、中高生くらいだと思う)ものの、スポーツや卓球独特の精神性を伝えてくれる。何より、キャラクターの個性と、彼らの鮮やかな成長が心地よい。

ライトノベル、とても久しぶりに触れたけれど、普段使いの言葉の密度が濃くて、作り込まれている世界観には改めて驚かされる。マンガのような作品であり、実際に聴く読書として提供されているのは、キャラクターごとに声優がいるからなおさらだ。

入学初日に大立ち回りをする主人公、そこに現れる異質な存在、成長と葛藤。卓球をするためだけの学校で繰り広げられる卓球ドラマに、胸が熱くなった。

僕は2巻目まで聴き終えた。

どうやら続きがあるようで、彼らの卓球をまた“聴ける”と思うと、とても楽しみだ。

読後、主人公の熱さは、書き手の谷山さんとなんとなく重なった。小説を通じて、谷山さんの思いが見えてくるような作品だった。

試合会場のような、輝く照明に、ラバーが鈍く光っている綺麗なサムネイル、infocusさんありがとうございます!今年もどうぞよろしくお願いします!


#推薦図書 #ピンポン #卓球 #谷山走太

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