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月曜日の図書館 世界の股

データの整理を終えた洋書が続々と棚に並びはじめた。整理したといっても、アルファベット以外で書かれた本のデータは検索画面では変換できずにしばしば文字化けを起こす。タイトルも著者もすべて????????/????だった本もある。ミステリーが好きな利用者が多いといっても、ここまで謎だらけだと棚から探し出すことすら困難だ。

中国語に訳された最果タヒの本は、著者名に「夕日」という感じが当てられていて、原文の勢いが本当にちゃんと訳されているのか不安になる。すっかり丸くなっちまってやしないか。

子どもの頃に連れられて通った教会には、近くに大学があったからか、留学生やその家族がたくさんいた。アジアのどこかから来たお姉さんは、自分の国では宗教の自由が認められてないので、このまま帰国したら殺される、と真剣に悩んでいた。白人の夫婦にはわたしと同い年くらいの女の子がいて、喧嘩になったときに「日本人なんか大嫌い!」と日本語で言われ、その発音のよさと肌の白さ眼の青さにくらくらした。

アフリカ人の男の子は日本に連れてこられたことに全然納得がいってなくて、見るもの触るものすべてに癇癪を起こしていた。周りが叱っても優しくしても祈っても一向に良くなるきざしが見えないので、ひょっとして神さまって存在しないのでは、とわたしは信仰が揺らいだ。

その子の家族は帰国するとき、借りていたアパートのトイレの便座を持って帰ってしまった。

春は戦いの季節である。

戦いその1:トイレットペーパー
となりの公園で花見をする人たちが、用を足しに館内のトイレに殺到する。どさくさにまぎれて1ロールまるごと盗む輩もいる。

戦いその2:酔っ払い
徘徊したあげく館内にまぎれこんで倒れる。吐く。他の利用者にからむ。

戦いその3:駐車場
他の有料駐車場に比べて格安で停められるため狙われやすい。閉館した後に戻ってきて出庫させろと言う。

いずれも便座に比べたらはるかにつまらない悪事ばかりだ。今年は花見の自粛が呼びかけられているとはいえ油断ならない。早くもピザの箱を抱えながら館内を歩く女子2人組を見つけて、気を引き締めた。

早く桜が散りますように。
見えない誰かに向かって手を合わせる。
数値やビジュアルで表現できないものは業績としては評価されないのに、すがりつきたいのは、いつだってあいまいでぼんやりした存在だ。

返却期限の延長とか、自習席の利用を申請したいとか、そんな日本語を外国の人たちはどうやって覚えるのだろう。登録申込書に生年月日を書くとき、西暦ではなく元号を用いる人が、けっこういる。

それでもめげずに露店が立ちはじめた。コンビニでは堂々とブルーシートが売り出されている。テキヤについて調べたかったら件名「香具師」で検索すると本がヒットする。あんまきの露店だけは毎年楽しみなので、今年も来てほしい。

ただドラえもんが読みたいだけなのに、レシートを頼りにフランス語で書かれたものにたどり着いて途方に暮れている子どもをよく見かける。
洋書が置いてある棚は、前は「日本の文化を外国語で紹介する本」のコーナーだったが、その考え方はもう古い、というT野さんの意見により、今はより幅広い内容の洋書が置かれるようになった。

サムライもハラキリももうおしまい。
ワビにもサビにもウイルスにも囚われず、桜に浮かれる日本人が現実。

あんなにいろんな国の人たちと接していたのに、何十年ぶりに開いたタイムカプセルの中から出てきた文集には、わたしが大人になる頃にはすべての国で英語が話されている世界になるだろう、と書いてあって絶句した。グーグルの翻訳アプリは縦書きの文章に対応していないから、台湾旅行で引いたおみくじの内容を、わたしは未だに知らない。

vol.65


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