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月曜日の図書館 断れない性格

玄関を入ってすぐのところに謎の人間像がそびえ立っている。なんでも外国の町と友好都市になった記念に作られたとかで、彼女(?)の着ているドレスには、両都市を象徴すると思われる特産品が描かれている。彼女の左半分は黒髪に黒眼、右半分は金髪に青眼。

表情は特にない。

像の飾り場所はすぐには決まらず、あちこちで断られた挙げ句、図書館に「押しつけられた」と聞く。今はBDS(貸出手続きをせずに本を持ち出そうとするとアラームが鳴る)をすり抜けて横から出る人がいないよう、通せんぼするように置かれている。

もっと目立つ位置に飾ったら楽しいと思い、洋書担当に持ちかけたら「うちの棚の近くには絶対置かない」と言われた。

フロアから怒鳴り声が聞こえてきた。30分ほどして消耗しきった様子の係長が事務室に戻ってくる。新聞コーナーに「閲覧はおひとり15分程度でおねがいします」と掲示があることについて、「守っている人がいないのに貼ってあるのはおかしいからはがせ」と怒っていたらしい。

けれどあの掲示ができたのも、ずっと新聞コーナーに陣取ってひとりじめする人が「何を根拠に注意するのか。何分以内に読めとはどこにも書いてないじゃないか」と怒鳴ったからだと推察する。

いっそわたしたちを挟まずに、両者であい見えたらよろしい。

友好の彼女の他にも、館内の壁という壁にはこたつテーブルが4つくらい合わさったサイズの絵画が飾られている。こちらは市の偉い関係者の偉い知り合いが描いたとかで、やはり置き場に困って図書館に持ち込まれたものと思われる。絵の中では巨大な象とか巨大な蝶とかが、画面いっぱいに奇抜な主張もなく描かれている。

壁には図書館関係のポスターを貼りたいので、ちょっとうっとうしい。

新聞コーナーで自習している学生がいるので退かしてほしい、と言ってくる人がいる。この人、いつも混んでいて不正が起こりやすいときを狙って館内を偵察しては、細々と告発してくる。

注意しに行くと、学生は舌打ちしながらのろのろと片付けはじめた。机にはものすごく高そうな懐中時計が置いてあった。

ちょっとくらい、と思う。
ちょっとくらいのルール違反はそっとしておいたほうが、世の中うまく回るのではないだろうか。
けれど、世界が「正常」に動くことが何より大切だと疑わない人たちによって、不正はいつだってめざとく発見される。

市のいろんな部署から事業のPR展示を図書館でやってほしい、という依頼がきて、ついに2つがバッティングすることになった。まちの魅力を紹介する展示と、人権問題を啓発する展示だ。2つとも時期が同じで、なおかつどちらも一番目立つ玄関前に設置してほしい、とのこと。

豊かな自然風景の写真パネルのすぐとなりで、拉致被害者救済を訴える深刻なポスターが貼られている。

それを向かいから、友好の彼女が無表情な黒と青の眼でじっと見つめる。

みんな、仲良くしましょう。

パソコン作業をパソコン席以外でやってる人がいる。マスクをしないでうろうろしている人がいる。トイレが汚い。自習席で寝ている人がいる。

まるで小学生の学級委員が、先生に廊下を走っているクラスメイトがいたことを言いつけるような。

司書講習では教わらない困りごとを内包して、今日も図書館は開館する。大きすぎるアート作品も、学級委員のまま成長が止まった人も、気がついたら飲み込んでしまっていた。

吐き出す術は、ない。

いろんな人たちのこれがほしい、あれがしたいは、譲歩も解決もないまま、これからも館内をただよい続けるだろう。

あぶれた学生が壁に寄りかかって、羽化しかけのセミみたいな姿勢で勉強している。頭上には巨大な象。
地震が来たら危ない、という線でかけ合えば撤去できるかもしれない、とひらめいた。

vol.58 了

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