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月曜日の図書館47 焦らないでよく見つめること

落ち葉がすごい。毎年こんなに降り積もってたっけ?とびっくりするほど道路に落ち葉が敷きつめられている。図書館のいわれが書いてある石碑の上にもこんもりと積み上がっているのを、わたしはスマホで撮った。
道路の一画だけ、まるで重森三玲の庭みたいにぴっちりと掃除されているエリアがあって、どうしたかと思えばおじいさんが竹ぼうきで掃いているのだった。おじいさんは超絶スローな動きで、葉っぱをちりとりに集め、ごみ袋に入れていく。急ぎ足で通り過ぎていく人には、静止画のようにしか見えないかもしれない。注意深く、焦らないでよく見つめることが、何事においても大事である。
という教訓を垂れることもなく、おじいさんは静かに移ろいつづける。

おばあさんがエモいという言葉の意味について聞きにくる。現代用語の基礎知識2019では、「感情的で内気な暗い感じの若者文化」を生み出した「エモーションハードコア」の略、となっていたが、2020では「ヤバいを超える感動や感激を表す」と変化していた。言葉はなまものなのだ。
家に閉じこもることが増えたでしょう、若い人の言葉を勉強しようと思って、ボケ防止に。おばあさんの手には新聞の切り抜きがにぎられていた。スタイはよだれかけ、と書いてあった。

書庫出納のためにマスクをしたまま階段を駆け上がっていると、高山トレーニングをしているような気分になる。今なら富士山の頂上まで余裕で登れるかもしれない。

作っている文書を保存しようと思い、保存先を選んでいると候補一覧の中に「T野 生きてます」というフォルダがある。前の係にいたときに作ったフォルダを、異動した途端に「もうすぐ消すもの」フォルダに放りこまれた経験から、ちゃんと機能してるよ、の意味でこう名付けたそうだ。本当に伝わっているだろうか、T野さん自身の生存表明だと受け取られないだろうか、と思ったけど何となく言いそびれた。

お昼に外に出てみると、おじいさんはまだ葉っぱをかき集めていた。ぱんぱんに膨らんだごみ袋は、ひとつからふたつになっていた。

偉いおじさんからの指示でやりたくない展示をやらされることになる。今後図書館が生き残っていくためには仕方がない、という課長の話を聞いているときのみんなの顔が何かに似ている、と思ったら、今はもうダムで沈んでしまった村の人たちが担当者から補償金の説明を受けていたときの顔だった。その村出身のおばあさんが「この村を記憶に残したい」と撮ったたくさんの写真の中の一枚だった。わたしはその写真集のことも、ダムに沈んだ村のことも、書庫出納するまで知らなかった。利用者のおかげでまたひとつ美しいものを見ることができた。
国が決めたことを止めることはできないから、だったら村のことを少しでも残そうと思った、というようなことを本の中でおばあさんは言っていた。

こんな抵抗の仕方もあるのだ。

本がたくさん積んであり、まよい山、と書いてある。寄贈でもらった本のうち、蔵書にするかしないか迷った本を、K川さんが選り分けたのだ。はじめに見たときはお相撲さんの名前かと思った。弱くてやさしそうな名前である。
本と本の間を、大きいおなかをふるわせながら、まよい山が歩いてゆく。

地元の名士が建てたこの建物の写真が見たい。そう聞いてきたおじいさんは、仙人みたいにひげが長かった。ひげが長いままマスクをつけるとどんな感覚なのか味わってみたいなあと思う。
その名士は、地元の知られざる偉人として過去に図書館で紹介したことがある人だった。商売で成功して、遊園地を作ったり、迎賓館を建てたり、大仏を作ったりした人だ。人は自分の権力を誇示したくなると大きいものを作りがち、と思った。

大仏なんか作れなくてもいいから、何時間でも落ち葉を掃いたり、残したい風景を撮り続けたりして、若者からエモがられる年寄りになりたい。

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