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月曜日の図書館 depends on me

例えば書庫出納。申し込んだ利用者には番号札を渡し、本のレシートの端っこにその番号を書いて、出納係の人に渡す。
その番号すら、判読が難しいときがある。

新人のN藤くんの字は、小学一年生のそれのように振り幅が激しく、しばしば心の眼で読まなければならない。

車いす用の自習席に電気がつかない、と言っておじさん(ちなみにそのおじさんは車いすではなく、ただの正義の人)が窓口で怒鳴り散らす。おじさんのことは課長に任せて、現場に行ってみると確かに、電源と自習席をつなげるコードがないことがわかった。

機械整備室の人に何とかしてもらおう、と言っても誰も賛同しない。K川さんが事務室の奥に眠っていた古いライトを持ってきたが、机に置くタイプではなく、でっぱりにかませてネジで固定するタイプで、この型の机には安定して取り付けられない。

整備室に電話しよう、ともう一度言ってみたが、やはり誰もうなずかない。今度は事務室から引っこ抜いて持ってきた延長コードを試してみたが、コンセント部分が机の接続口よりも大きすぎて差し込めない。

ほらほらやっぱりお手上げでしょ、と思っていたそのときだった。Dがやおらカッターを手にして、コンセントの周りのプラスチック部分を削りはじめたのだ。

これが図書館で働くということ、と思って戦慄した。経費の削減、欲しがりませんの精神、他の部署とのコミュニケーション不全などもろもろの要素が絡み合い、図書館の人は自力で問題を解決するのが当然になっている。トラブルが起きても、いつだって誰も助けてくれない。

数分後、コンセントはとても丁寧に削られて細身になっていた。こんなに美しい手作りのコンセントを他に見たことがあっただろうか。Dが接続口に差し込み、静かにスイッチを入れると、蛍光灯がぼわあっと明るくついた。その場にいた全員で音のない拍手をした。

その後、見回りにきた整備室の人にこのことを報告したら、この机は図書館の特注品だから、わしらの範疇じゃない、と言われた。

N藤くんは誤字脱字の天才でもある。分厚い事典のとなりに、本の空き箱が置いてあり、彼のつたない字で間衝材、と書いてあった。日付を間違えた領収書には書損字、とある。ものすごい的外れというわけではなく、一瞬あれ?こういう言葉って存在してたかも、と思ってしまうようなギリギリ具合がよい。いつかどこかで(どこで?)発表しようと思い、密かにこうした間違いを収集している。

同じミスを何度も繰り返しがちなので、メモを取りなよ、とアドバイスしたいが、自分でも自分で書いた字が読めないことがあるそうなので、悩ましい。

利用者から調べ物の相談を受けた際、どんな内容なら図書館の資料で調べられて、どこからは無理なのかがまだ把握できないらしく、手当たり次第に引き受け、自分では分からないのでそれをそのまま近くにいる職員に丸投げしてくる。

これは調べた?このデータベースで検索してみた?と尋ねるとハッとなって調べはじめる。

彼も時が経てば、他の人たちと同じように、まずは自分で、分からなくても自分で、何はともあれ自分で解決しようとするようになるだろうか。

それともわたしのように、いつまでも他人に頼ろうとするままだろうか。

一年のまとめとして、新人研修の報告書が係内で回覧された。さまざまな項目の達成度を自己評価したシートも添付されている。

できる:○、まだまだ:△で記入することになっているのだが、字が揺らぎすぎて○なのか△なのか判然としない造形物が、紙一面に散らばっていた。

vol.61 了

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