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月曜日の図書館16  in red

T野さんの夢の中で、わたしがなぜか鬼のコスプレをしていたらしい。全身赤色で、角を一本にするか、二本にするかで悩んでいたとのこと。
赤いレギンスがとってもすてきだったのよ、とT野さんは言った。

マスクがあと2枚しかない、どうしよう、と思っていたところで臨時休館が決まる。利用者と接するときにはマスク着用が義務づけられているが、係に一箱ずつ支給された貴重なマスクは、神棚よろしく係長の机の上に鎮座ましまし、もしも使用しようものなら、長く細かい報告書を書かねばならないのだった。
エビデンスに基づかない行為だよ、と自然工学担当のS村さんは不満そうに言った。

休館が決まって職員も半数ずつ出勤、それ以外は在宅勤務となる。休館中も職員はちゃんと働いてますアピールをSNS上でやった方がよいのではないかという声が上がったが、蔵書点検や古文書の調査は見た目が地味だし職員は無表情だし全然映えないという理由で却下された。

地味な仕事の積み重ねが明日の図書館を作るのだ、と説得力を持って伝える術を、まだわたしたちは持たない。

家の中にこもって体が衰えるのを防ぐため、Lちゃんは動画サイトを見ながら腹筋が割れる体操やおしりが小さくなる運動をやっているらしい。

頭の中で、体も髪の毛も真っ赤なわたしが、くるくる踊っている。

昔話に出てくる鬼は実は人間で、そのときどきの権力者たちが、自分にとって都合の悪い存在をそう呼んだに過ぎない。だから誰だって鬼になる可能性はあるし、「正しさ」を盾に攻撃してくる者がいても、それまでと変わらず着たい服を着て、本当に好きなものだけにいいね!すればいいのだと思う。

トイレットペーパーが町から姿を消していたとき、タイミング悪くストックを切らしていて追い詰められていたわたしに、T野さんが「おなかをこわしたとき用」の1ロールを寄付してくれたのを忘れない。

K氏が臨時休館の案内を玄関に出していたところ、やってきたおじいさんが「知る権利の侵害だ」と怒ったので、「命の方が大事だ」と説得したらしい。毎日図書館に通うという日課を奪われた人たちの寿命は、もしかしたら逆に縮まるのかもしれない。
おじいさんはノーマスクだったそうだ。

N本さんに夢のことを話したら、赤鬼なら角は一本のはずだと言う。昔「みんなのうた」のうたにそんな歌詞があったのだそうだ(ちなみに青鬼は二本)。

臨時休館後の対応についてみんなに話しているとき、課長のつけている布マスクがだんだんにずれていくのをわたしはじっと見ていた。顔の比率に対して小さい小さいマスクなのだった。
社員旅行で飛行機に二手に分かれて乗るのと同じです(注:図書館には社員旅行などというありもしない親睦を深めるイベントは存在しない)。一方が墜落しても、一方は生き残る。リスクを分散するため、今後一ヶ月間、勤務パターンが違う人とは会えません。

マスクをしていると、化粧は雑になるし、笑わなくても許される気がして会話に加わらなくなるし、今年あたらしく入った子たちの顔がまったく覚えられない。

赤鬼になったわたしの牙は、マスクなんか裂いてしまう。
真っ赤な口を開けて、きびだんごを腹いっぱい食べてやる。
猿も犬もみんな友だちにして、文句を言うおじいさんたちをせーので担ぎ上げて、まとめて宴会中のねずみ穴に放りこんでやる。

えっさ、ほいさ。
えっさ、ほいさ。

大きいつづらも、小さいつづらも、今なら選びたい放題だ。


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