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月曜日の図書館11 みーつけた

職場体験に来た高校生たちに書庫を案内する。全部で100万冊くらいあるんだよ。これはここにある中で一番小さい本。豆本と言います。新聞社で編集長をやってたおじさんが趣味で作ったもの。こっちのは一番大きい本。明治時代の地形図を復刻した本です。持ってみる? 腰気をつけてね。こういう本を毎日持ち上げるので、図書館の人は、実は力持ちです。
何を説明しても、特に目立った反応はない。図書館を希望する学生はおおむねみんなこんな感じだ。すごいとかやばいとか、分かりやすい反応は返さないが、退屈しているわけではなく、内側で起こっている感情の起伏を外に出すのが苦手なのである。それを知っているので、こちらも特に気にせず説明を続ける。
うちの図書館は、一度所蔵した本は、壊れたりしないかぎり捨てずにずっと保存し続けます。なので、この「地球の歩き方」みたいに昔から定期的に出版されてるシリーズは、けっこうな冊数がたまってます。壁面の棚にずらりと並ぶ旅行ガイドブックを、みんなおとなしく眺めている。
ソ連のころからあるんだ。ひとりの女の子が、興奮をおさえた声でつぶやいた。
今日のハイライトは地球の歩き方だった、とDに言うと、え、あの棚見せたの? 恥ずかしい、と嫌そうに言った。

夕方から市民向けサイエンス講座。受付をする、という条件で、自然工学担当でないわたしも参加させてもらう。毎年決まったテーマに合わせてその道の達人たちが話をしてくれるのだ。今回のテーマは、宇宙。
市民向けと言っても専門的な内容が多く、何を話しているのかいまいち分からないのだが、科学が好きでたまらない人たちの変態的熱意はどんどん浴びたい。わたしは難しい話の合間に聞こえてくる、銀河線、とかデブリ、とか面白い言葉をメモした。
会場には担当のN本さんとS村さんが作ったポップが、関連本といっしょに飾られている。N本さんの字は小学生みたいにたどたどしくとてもかわいい。夏休みの工作のような仕上がりになっている。2人とも今日はネクタイをきちんとしめて、キリリとしている。

S村さんはかつて船旅をしたとき、退屈しのぎに読んだ『罪と罰』のせいで、心までゆらゆら揺さぶられて海に飛び込みたくなったそうだ。

講座にあわせて、館内に手作りのプラネタリウムが出現した。ダンボールを人の背丈ほど積み上げて暗室を作ってある。黒い布をめくり、頭だけ差し入れて中を見る仕組みだ。カウンター前という非常にハードルの高い立地のため、試すのは人目を気にしないおじさんばかりである。カウンターからの眺めは、これまでは外のおだやかな緑地だったのに、今やその方向にあるのはおじさんのおしり。
閉館後、わたしもちょっとだけ覗かせてもらう。丸い機器がくるくる回り、天井にぼやけた星を映し出している。S村さんが嬉々としてあれは何座、これは何星雲と説明してくれたが、頭隠して尻隠さず状態であることが気が気でなく、まったく集中できなかった。

N本さんは旅行はおろか、めったに外出しないらしい。休みの日も近所のマックスバリューしか行かない。年末年始も実家に帰らない。長い休みが続くと、誰とも会話しないので、声の出し方を忘れてしまうそうだ。年明けはいつも職員ひとりひとりにあいさつをしに来てくれる。

あけまして、おめでとうございます、声量、これで合ってますか。

後日、職場体験に来た高校生たちからお礼の手紙が届いた。ひとりの子はイラストまでつけてくれた。極端に美化されて瞳がキラキラ輝いているわたしが、実は力持ちです、と言っている。それを見たDはむせて食べていたうまい棒をふいた。事務室に散らばる、微細な粒子、が蛍光灯に照らされて、きらきらきらきらら。

あ、あっちが何とか座で、こっちが何とか星雲。もしくはみんな、おしなべてデブリ。
旅に出てわざわざ探さなくても、自分はちゃんとここにいて、しがない宇宙を創ったり、それに見とれたりしている。ときには遠くへ行って、そこに自分を置き去りにするが、いつのまに戻ってくるのか、気づくとまた、ちゃんとそばにいる。そして旅先から連れ帰った新入りの自分をうさんくさそうに見ている。

ずっといっしょにいる自分。
何年もたってやっと見つける自分。
一生会わないままの自分。
宇宙は果てしない。

わたしがみんなくらいのころは、友だちが全然いませんでした。周りの大人からもっと友だちを作りなさい、仲良くしなさい、そんなんじゃまともな大人になれないよって言われていました。今でもそんなに友だちはいないし、あんまり明るくもないけど、一応図書館で働いているので、社会人をやれてることになるかな。だから、何というか、みんなが今悩んだり、自分は周りと同じじゃなくてだめだなあって思ったりするかもしれないけど、大丈夫です。世の中にはいろんな人がいて、いろんな考え方があって、どれが一番正しいっていうのはありません。だから、あの、とりあえず死ぬほど悩んで、好きに生きてください。


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