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雑記: 日常 #1 | よろずお話 伺いたく候

日常生活の断片についての備忘です。


学生時代は 新宿や御茶ノ水、ときどき八重洲ブックセンターで 主に勉強用の本を探していました。
当然 ネット通販なんてサービスは無く 例えばAmazonが保有する膨大な書籍情報に基づいた書籍群の品定めができない有り様で
望みの書籍があるかどうかは店の棚を探すまでわからないのが当たり前、
などと若い人が聞けば 「超無駄でコスパ悪い時代だったんですね」と呆れられるでしょう。
いや 全くもって その通り。他に手がないんで。
博打のようなその場の僥倖目当てが 書店通い だったんですよね。。。

最近は週末のお出掛けついでに 紀伊國屋書店/Books Kinokuniya 新宿店さんへ足繁く通ってますが(丸の内のオアゾさんにも時々冷やかし出動)、
基本的にリアル書店で購入する場合は 有隣堂さん を最優先にしています。

神奈川県在住だから、ではなく 過去に大変お世話になったことがあり
その時の店員さんの誠意に恩返ししたいがための ささやかなご贔屓です。

本店は伊勢佐木町なんです。昔はこんな建屋だったんですね。

そんなわけで 有隣堂さんには 本や文具を求めて 頻度よくふらりと立ち寄らせてもらっていますが
5年くらい前に おっ と思える或る書店を 勤務先の最寄り駅にほど近い商業ビルに見つけました。
くまざわ書店さんです。

八王子で創業されたんですね

関心を惹いたのは 新聞各社に掲載される新刊書評記事を 夫々の新聞から切り抜き これはと思った書籍は色マーカーを付けて
それぞれの店内在庫有無まで表示している 紹介展示コーナーです。

新聞各社毎に仕分けし 丁寧に吊るされた書評記事から
くまざわ書店さんが本による社会性に意義を感じられていると想像します。

通り一遍の書店チェーンのようにただ売らんかなで書籍を並べているのではなく 書店もしくは書店員さんのある種のフィルターを経由し 立ち寄る本好きにシグナルを送っているような気がします。

こういう丁寧な作業を 商品の現場で展開するのは 自らの商品/本に対する愛着の顕れだろうな、と勝手に想像しています。
同じような印象を持っておられる方もきっといらっしゃるでしょう。

余談ですが Googleの生成AIは以下のように要約回答しました:

本という商品への気配りがプラスに影響しているのか
書籍分野のカテゴリ毎に集められた陳列棚には 工夫の成果なのか
面白そうな本が並んでいます。
当然 それは個人の主観と偶然の掛け合わせなんですが、小さな店舗の陳列数でもきちんと自分の興味に訴えかけてくる書籍を並べてくれており 相性がいいのかなと感じます。


例えばビジネス/経済/人文カテゴリはこういう感じ。
小さいながら読みたくなる本が詰まってる感じです(私見。):

すみません もしNGなら削除しますんで お叱りあらばご連絡をお願いします。
だけど これ情報として公知で 何も秘匿性はないだろうなと思ってます。。。

雑文ついでに この中から読みたいものを幾つか選んでみました。

『The Path / ハーバードの人生が変わる東洋哲学』みたいに感心しながら読めそうなのがこちら。パラパラめくってみたところ 肩は凝らなさそう。

自分が表面的にしか知らない経済関連の雑な知識に答え合わせをしてもらえそうな、教科書っぽい印象の本がこちら。
入門書なので 無論 肩は凝らなそう。こちらもパラパラめくってみた印象。 

noteでもどなたかが書かれている アントニオ・タブッキに紐づいているポルトガルの作家 フェルナンド・ペソア伝がこちら。
一人の作者が分化する異名者達による表現はどういう広がりを持っているのか? ちょっと興味があります。


(ポピュラー)サイエンス関連はこんな感じ。

翻訳版が出たことは聞いてましたが 現物をここで発見し 即 立ち読み:

ちょっと前から翻訳版で読んでいるロベッリ氏の『世界は「関係」でできている』よりも、難解な量子力学用語の類は少なそうなので ペーパーバック版の方を本日購入しました。
*待った甲斐のある Books Kinokuniya 新春洋書20%割引セールに感謝。

毎日見開き2頁ペースで読めそうな気安さを期待して

ついでに こちら も20%オフで購入。
ようやく我が手中に。。。。:

わくわく

などと とりとめもないことを書き綴った挙げ句 元に戻って:

この10年ほどの自分の読書は 学生時代のように工学分野の授業に役立つ参考書を探す目的のためにあるのではなく
実社会で長くあれこれと経験しそれに伴って解釈した この社会や世界の成り立ちのサニティチェックのため、そして様々な著者の洞察や感慨を著書の形で拝察することで 自身の洞察への答え合わせを行うためにあるように感じます。
既にこの世から旅立たれた先達が残された 虎の皮 を手に取ることで
彼らの思念を感じ 自分の描く世界感と照合する そんな擬似的な対話をするために本を探したくなるのでしょう。
解釈するのは自分自身なので 完全な解は得られず 真理から遠いか近いかを主観で判定するしかないのですが。

他方 同時代に生きる世代からの刺激も有意義なので 機会が許す限り様々な方からお話を伺ってみたいなと思っています。
しかし生憎 有限な人生の中で恵まれる機会は限られるため
SNSなどで書き込みを通じた(建設的な)対話ができればいいのですが。。。。
他者への許容度が どういうわけか昭和の昔より乏しくなっている現在、
不要な諍いを避けたくて 尻込みされる方も多いのでしょう。
20年程前 楽天BlogやAmebloを利用していた頃は コメント欄で挨拶含めた活発な対話がされていたんですが、現在 noteでは読者数が多そうなライターさんの記事でも 対話は乏しいように感じられます。
これも時代ですかね。

本に触れ 自分の想定との答え合わせをする日常は 書物ができた過去から今に至るまで数多の先達が通ってきた道だと想像します。
直に先達と会話できるのが勿論最善なんですが、、、、先達を模したAIは まだまだ学習不足でしょうから 現時点では関わりたくないですね。
AI岡潔さんとお話できる日を夢見て待つとします。

情緒についてお伺いしたく候

<おまけ>
ふと見た くまざわ書店さんの書棚のひとつに 書評の切り抜きがついた 『世界』最新号の紹介がありました。
*書評を梃子にしたこういう手作り感溢れる展示は 昭和育ちの記憶をぐっと 
 捕まえます。

『世界』にはちょっと馴染めないなぁ と感じる一方 敬愛する作家さんが学生時代にご贔屓されていた(=学生運動の季節だったから?)ため
いずれ 肌に合うようになる日が来るかもと 長い間 離れて眺めて 今に至ります。

この切り抜きをざっと読むと 中高年おじさんによる中高年おじさんのためのオピニオン誌であり続けたことの反省から 若い世代の女性編集長に交代し 女性ライター比率増加、記事構成、体裁等々を刷新したようで
硬派な文壇世界にも 時代が訪れているんですね:

最新号を手に取ると なんと 知り合いの方による寄稿が。
最近お会いできてませんが 益々のご健勝 何よりです。

斜め読みさせていただきましたが 私めにはご高説のツボを押さえられるような知力が乏しく。。。。これも『世界』の呪縛なのか。。。。


<続・おまけ>
調べているうちに『世界』に掲載された或る記事が以前話題になっていたと知りました:

東京新聞による全文引用のようです

カリ−マさんは 数年前にNHKのアラビア語講座でアラビアンナイトの朗読をされてましたね。
アラビア語のネイティブスピーカーである資質を活かして 普段我々には把握しづらいアルジャジーラの報道姿勢を報じられ 私には参考になりました。確かにBBCには普段見ていて 若干芝居がかったというかセンセーショナルに報じるきらいがあるかも知れません
(DWなどドイツ系報道の方が BBCより冷静で客観的のように思えます。)

ウクライナ侵攻における情報の中立性についても 忖度なしに見解を述べられており 「そうなんだよねぇ、、、」 と 今更ながらひとりごちました。

この侵攻でロシア/プーチンを支持するつもりは断じて無いのですが 歴史的視点を顧みず キエフをウクライナ語のキーウという呼称にあっさり切り替えた日本メディアの態度には 未だに違和感を禁じ得ません。
当時 テレビで同様な懸念を呈していた歴史関連専門家の方も私が幾つかの番組を観た限り何人かいらっしゃいましたが。。。

Touchyなことは言わずに済ますのが 時代なのかもしれませんけど。


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