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私が死んだ後で 2.

死んだらチャラって誤解があるようですが、それは違うんですよね~」

不謹慎な。この死神は、軽すぎる

咲はだんだん腹が立ってきた。

「だってもったいないじゃないですか!
せっかく<思い残し>たのに!
誰かを熱烈に愛したり、絶望したり、
何かが足りないと思ったり、
人を恨んだり。僕たち死神だって愛と光でできてるけど、これだけ光をまき散らしても」


と死神はくるんと回りながら、
虹色の光のつぶてを
あちこちにばら撒いた。



「それがなんだかわからない。
ほんとにはね。
でも、人間が感情に翻弄されているとき、
まさしく彼らは生きていて、
その愛の波の、真っただ中にいるんです!」


「あたしは死んでるけどね」
恨みがましく咲が言うと

「あはは!そうでした。ちなみに僕も、生きてませんから!」

と死神は笑いながら、
七色の身体をくるくると回して

これでもかというほど光をまき散らした。

放たれた光の当たる場所には花が咲き、
木々の緑は深くなる。

光の直撃を受けた、
思いつめた若いサラリーマンの顔に、
ピンク色の血色が戻った。

花咲じじいか。
この死神、いちいちやることがうざい。

「あ、あと、咲さんはほぼ思い残しがないので、残念ながら高速で天上界いけちゃいます。何なら49日飛ばしても大丈夫です」    

「お母さんのことは気になるけどね。
後お葬式も」
咲はため息をついた。

「わかります」

わが意を得たりというように死神斉藤は頷き、
突然、

「いざ!」

と、短い両手を振り回した。


急に空間が縮んだと思ったら場面が変わり、
そこはお葬式のシーンだった。

美しく設えられた祭壇に真面目そうな
僧侶が向き合い、厳かな読経が響く。

室内には20人くらいの参列者が並んでいた。
涙に暮れる
お母さん、親戚や同級生たち。

に混じって、ギャンブルと度重なる浮気で、
10年前に母親と離婚した父親が、
大きな体をまるめ、

ハンカチに顔を埋めるようにして、
大号泣していた。

お父さんうるさいから~

苦労人の母親には言えなかったが、
咲はこの弱くて、優しくて、

どうしようもない父が大好きだった。

葬儀の場で、
身も世もなく泣いている父は愛しく

気持ちがほっこりする。
お母さん、お父さんに知らせてくれたんだ。
と、ちょっと感動しながら目をやると
引き伸ばされた自分の写真が目に入る、

「えーーっ!なにっ?
お母さんなんであの写真使うかなあ」

祭壇の上に
合唱祭の時の自分の写真が、
遺影として飾られていた。
変な笑い方してるから
捨てようと思ってたのに。
と、咲は猛烈に凹んだ。

最後なのに。人生詰んだ。

それにしても自分の葬式を自分が眺めるとは、
シュールだ。

お葬式は悲しいものだが
本人だからか、全然悲しい気がしない。

だってわかるのだ。
死が終わりじゃないってこと。

なぜなら今も、自分はここにいるから。
ここで、皆を見ているから。

天井あたりで死神斉藤と空中に浮きながら、
涙にくれる人々の人間模様を眺めた。

お葬式って、いいな。

そんなこと、生きてる間に
思ったことなかったけど!

響きの良い読経が続く中、
受付に新しい弔問客があらわれた。

両親と同年代の、見たことのない男だ。

父親とは正反対のまじめそうなタイプ。
母の会社の人が「田中さん」
と声をかけている。

会社の同僚かな?

田中さんは順番を待ってお焼香をし、
母に挨拶した。

あれ?

母の泣きが大きくなる。
何か特別な関係の人なのかな。

女の勘は鋭い。

注意深く眺め、様子を伺う。
途中で姿を消した二人を追いかけると、

なんと母は田中さんに抱き寄せられながら泣き崩れているところだった。

おお。なるほど。

「死神さん」

「はいきた」

「あの田中さん、追跡します」

「わかりました」

探偵、死神斉藤マークスと、
娘咲の大捜査が始まった。
電車を乗り継ぎ、自宅マンションまで尾行する。家の中にまで入り込んで人となりを見極める。

なぜならあの母は、絶望的なまでに
男を見る目がないからだ。

しかし捜索の結果、バツイチ独身田中は、
かなりの有望株だった。

いいじゃないですか。

お母さんはしばらく泣くだろうけど、
ひとりじゃない。

結果に満足した咲は
父親の新家庭にも
調査の手を伸ばすことにした。

マークスに頼んで連れ出してもらった父の新居は住宅地にある小さな一戸建てだ。

半透明なカラダでそおっとキッチンに入ると、
父親はダイニングテーブルの椅子に
ちょこんと座り、大きな身体を縮めながら

いんげんの筋取りを、
させられているところだった。

流しの前で若い奥さんが、
赤い琺瑯の鍋をかき回しながら
8つくらいの子供と話している。

今夜のメニューはシチューらしい。

家にいたころは、
あんなに偉そうで、
とんでもない暴君だった人が

借りてきた猫のように
すっかり可愛くなっちゃってるのが
おかしい。

よかった。お父さんもきっと大丈夫。

咲は死神マークスと連れ立って、
心残りを一つ一つ消していく。

死神に無理を言って、
クラスメートの初恋の山田君に擬態してもらい、憧れの江の島デートも愉しんだ。

中身が死神なのは微妙だけど、
なんでも経験しておかないとね。

人気のない学校で、
大事な人たちの未来も見せてもらった。

いろんな時間の中で、
いろんなふうに生きていく大切な人たち。

豊かで重層的な時が、
一気に、咲の周りを流れていく。

生の世界と死後の世界。
これからいく世界。
様々なレイヤーの世界の層が、
ここに同じ場所に重なっている。

と同時に、彼らがこれから生きていく時間、
つまり未来もここに、
今と同じ場所にある事を咲は知る。
そこで一緒に生きてる。
かたちはなくても。

できれば知ってほしい。
私が死んだ後も、
わたしがここで
みんなの
幸せを願っていることを。

でも思いが伝わってることも
ほんとはわかってる。
みんなの思いがわたしに届くように
わたしの思いもみんなに届いている。

「さて」

と死神が厳かに言った。

「今日でボーナスタイムの49日が終わります。
咲さん、どうですか?
旅立ちの準備はできましたか?」

「はい。もう大丈夫。
あたしはいなくならないってわかったから」

「そうなんですよ。
死ぬって別に消滅じゃないから。
位相が変わるからコンタクトはむずかしくなるけど、できないわけじゃない」

死神斉藤マークスと咲は微笑みを交わした。


どんどんマークスの体が大きくなり、
球体が広がっていく。
咲の目の前にきらきら光る虹が
いっぱいに広がった。

「入り口です。さあどうぞ!新しい世界へ」

咲はマークスの虹の身体に足を踏み入れ、
その奥に続く透明な道を歩いていった。

花々と星々。
明るいのか暗いのか、
わからないぼんやりとした空間が続き、

身体の輪郭がまた、
にじむように崩れていった。

でも咲の芯、核心は残る。
その芯が、こだまのように美しい空間に
響いていくのを、咲は感じた。

おかえり

ただいま

おかえり

声が重なって、空気を満たしている。

それは光の音楽。

旋律がウエーブを描き、
回転しながら、様々な色合いに光る音符を、
ゆったりと空間に、きらめかせる。

音と音が交互につながり、
シークエンスを構成する。

心臓の柔らかい振動が内側から
咲に語りかける。

それはもはや鼓動ではなく
一つの歌だ。

咲の、魂の、核の歌。

ただ一つの歌が、
他のメロディーと響きあいながら、

自分を思い切り叫んでいる。

それぞれの歌と旋律と振動が、
また音符になりメロディーになり、

そこに存在する美しい人々の、
光の身体になってゆく。

わたしは光よりの光。
愛より生まれしもの。

愛が愛を知る冒険が終わり、
また私は全体と一つになる。

人生のすべてを使い、
本当はひとときも離れたこともがない
すべてに。

私たちがどれほど豊かで、
どれほど満ち足りていて、

どの瞬間も完全であること。
何かを失うという、
豊かさへの旅だったことを

それぞれが、それぞれの
魂の輝きの中に見出してゆく。

私たちは地球というこの星で出会い、
互いに一生懸命の生きるというダンスを踊り
自分の歌を、宇宙いっぱいに響かせたのだ。

それを幸福と言ってもいいし
不幸と言ってもいい。

個体からすぐに<おおもと>に帰ってもいいし
長い時間をかけてもいい。

大事なのは、その人生のすべての時間が、
愛だということ。

たとえあなたが
今どのように生きていたとしても。

愛と光のピースを集めよう。
多くの人に出会い、言葉を交わし、
笑い、抱きしめあい、

時にうなだれ、
絶望に打ちひしがれながらも、

自分の歌を、
ただ唯一無二の歌を歌うために。

そのためだけに
わたしはあなたを

この世界に遣わしたのだ。


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