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日々のあわわ #1【鈍感玄関】

 中学一年生の時の話だ。
 ある日の下校時間、玄関の下駄箱にあるはずの自分の外靴が無いことに気付いた。そういえば先日、下駄箱が新品に交換されて位置が変わったので、ついつい今までの場所と勘違いしてしまったのかもしれない。そう思い、再度確認してみたものの、やはり間違ってはいない様子だ。どうしたものかと、ふと玄関の外を見ると、そこには自分の外靴が転がっている。「なんだ、こんなところにあったのか」と上靴のまま外靴を拾いに行った。
 翌日、またもや外靴が消えた。玄関の外を見ると、案の定、靴はそこに転がっている。そして「やれやれ、また外に飛んでいってら」と拾いに行く。こんなことが次の日も、また次の日も起こり、玄関から靴までの距離は日増しに伸びていった。

 当時この話を私から聞いていた母親は「この子はいじめられているのではなかろうか」と心配していたそうだが、これは当然の反応だろう。一般的には靴が空を飛ぶのはドラゴンクエストの世界だけであって、現実的に考えるとこれは何者かが毎日靴が投げ飛ばしていると判断するのが妥当だろう。つまり明らかに嫌がらせを受けていたわけだが、当の私本人はこう考えていた。
「何故かはわからないけど外靴は玄関の外に置かれるようになったから、これからは迷わず取りに行こう」
 自分が他人から嫌がらせを受けているなんて思いもよらなかったのである。己のことながら信じ難い鈍感さだが、この狂気の鈍感ぶりはそこでとどまらない。

 外靴が奇妙な小旅行を始めてから一週間後、私はこの興味深い現象を担任教諭にも教えてあげることにした。
「ほら、また靴が落ちてる。不思議でしょ」
 下手人は翌日に捕らえられた。下駄箱を見張っていた担任が、同じクラスで不良グループに属していたA君が私の靴を外へ投擲する瞬間を目撃したのである。事情を聞くと、その理由は下駄箱が新品に交換されたことにあったらしい。交換前までは各自の下駄箱の上には割り当てられた出席番号がシールで貼られていたのだが、新品に交換したときにこの出席番号シールの位置が各下駄箱の"上"ではなく"下"に変わったのだ。ところが私と出席番号が一つ違いだったA君はこのことをすっかり忘れていた。かくしてA君は、私が毎日下駄箱を間違えて自分の場所に外靴を入れていると勘違いし、抗議と怒りの念から靴を放り投げていたのである。

 これを聞いて私は「あ」と思った。そう言われれば、最近下校時に自分の靴箱を見ると、いつもA君の名前が書かれた上靴が入っていたな。そうだそうだ。そのたびに「A君は一つ上の靴箱!」と思いながら、彼の靴を戻すのが日課になっていた。そうしているうちに今度は靴を外まで取りにいくルーチンが追加されて……もしやこの二つは繋がっていたのか!

 もはや鈍感を通り越してバカとしか言いようがない。よく『バカは風邪をひかない』などというが、私のようなバカは「風邪をひかない」のではなく「風邪をひいていることにすら気づかない」のだ。

「俺が勘違いしてたわ。いつもお前は上靴を元に戻してくれていたんだな」
 A君は言った。
「気づかずに嫌がらせしてごめん」
 私も言った。
「嫌がらせに気づかなくてごめん」

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