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日々のあわわ #3【言葉の味】

 どんな人間でも自分の脳に備蓄された言葉しか口にすることはできない。となれば、言葉を選ぶという行為にはどうしても人となりが表れる。私はそんな「人が口にする言葉選び」に妙な愛おしさを感じることがあるのだ。
 例を挙げよう。これは少し手を加えてはいるが、おおよそ僕が実際に見聞きした話である。

 ここに一組のロックバンドがいると想像してほしい。お好みならフロアを沸かせるダンスユニットでもいい。ただ、フォークやポップスを奏でるグループでは、この例は適さない。オルタナなのか、エモなのか、テクノなのかはともかく、彼らが奏でる音楽はあまり大人しいものではないのだ。ひとまず、ここでは爆音でザラついたノイズギターを聴かせるガレージバンドということにしよう。
 そんな彼らが渾身のニューアルバムを引っ提げて、全国ツアーを開催することとなった。各地のライヴハウスは手配済みで日取りも確定。『2021年ライヴツアー』と銘打たれたポスターやツアーグッズも発注した。そして間を置かずに公式サイトやツイッターでツアーの開催を発表。さっそく音楽メディアが今回のニューアルバムとツアーについてインタビューにやってきたので、バンドのフロントマンが対応することになった。
 今回のアルバムのポイントは、内省的な作風となった前作から一転、まるでバンド結成時に戻ったかのような初期衝動の回帰にあるとフロントマンは言う。インタビューを終えたあと、記者たちはビデオカメラを据える。ニュースサイトには記事だけではなく映像も載せるから、カメラの前で一言欲しいという。彼はカメラの前に座り、こう語り始めた。

「えー、○月○日、俺らのニューアルバム『○○』がリリースされます。もうめちゃくちゃいいアルバムが出来ました。バンドの原点に立ち返ったような瑞々しさ、そして激しさが詰まった一枚になっています。自信作です。CD、各種サブスクでリリースされますんで、みなさん聴いてください。えー、○月からは全国ツアーもスタートします。東京、大阪、名古屋はもちろん、今回は久しぶりに宮城や福岡にも行きます。新譜の曲はもちろん、懐かしい曲もたくさんプレイする予定です。絶対に良いコンサートになると思うので、ぜひ遊びに来てください」

 『コンサート』

 ここで選ぶ言葉が『コンサート』である。無論、使い方としては間違ってはいない。客を招いて演奏をするのだから、紛れもない『コンサート』だ。しかし『コンサート』という言葉は『ライヴ』と比べるとどこかお行儀の良い印象を受けはしないだろうか。もっと言えば、ギグ⇒ライヴ⇒リサイタル⇒コンサート⇒演奏会、の順でお行儀が良くなっていく印象を私は受ける。前のめりで拳を振り上げていた客の姿勢も、徐々に椅子に腰をおろしはじめ、手を膝の上に置き、背筋を伸ばしていくように思えるのだ。
 『コンサート』。
 各地のライヴハウスを押さえたバンドが『コンサート』。
 初期衝動を取り戻した激しいギターサウンドを奏でるガレージバンドが選んだ言葉が『ライヴ』ではなく『コンサート』……。
 この、発するもののキャラクターと言葉選びの落差に、私は妙に愛おしさを感じてしまうのだ。

 テイストは違うが、もう一つ好きな言葉があるので紹介したい。これは言葉が思い出せなかったときに捻り出す言葉の面白さである。

 まだ十代で、実家で生活していた頃のこと。ある日の昼、カップ麺を食べることにした私と父はいそいそと納戸に赴いた。備蓄されたカップ麺のラインナップを確認した我々は、いまの気分に相応しい麺を吟味し、ベストと思えるものをチョイス。食事の前にはトイレに行かないと気が済まない父は、私にお湯を注いでおくように頼み、用を足しにいった。父の選んだカップ麺は粉末スープを食べる直前に入れるタイプである。私はスープを脇におき、かやくを入れ、お湯を注ぎ、フタをした。
 さて、父がトイレから戻ってきた。この三分間を待ちわびたとばかりにフタを勢いよく引きちぎる父。しかし中身を覗いてみると、スープは透明である。なるほど、すぐさま後入れスープのタイプだとピンときたらしい。ところが、パッと粉末スープの姿が見当たらない。いや、そもそも『粉末スープ』という言葉がパッと出てこない(もっといえば『スープ』という言葉すら出てこなかったのではないだろうか)。このままではツユが無味だ。しかし、あの小袋はなんて言った?そこで困った父はテーブルを見まわしながら、私にこう尋ねた。
「なぁ、俺の『味』はどこだ?」

 この至らない感じ。私は何度思い返しても面白いし、とぼけた愛おしさがある。これは実は”提喩”という表現技法になっているのだが、当然父は「ここは提喩でキメてやろう」と思っていたはずはない。ふとした拍子に生まれる、こういう言葉の旨味が私は大好きだ。
 余談だが、私はこの「味はどこだ?」の言い回しがあまりに気に入って、友人とカップ麺を食べるときに使ってみたことがある。「知らねぇよ、お前の『味』なんて」と鼻で笑われた。もっともだと思う。

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